第32話 魔女の旅立ち

 魔女は、人よりも優れた魔力を持ち、代々の知識を引き継いでいく。その多くが、薬草や鉱石、それらから作り出す膏薬や薬湯の知識だ。


 獣人達は頑強だ。怪我も病気もあまりしない。すぐに治る。それは良いことであり、悪いことであるというのが、領主様のお考えだった。


 各地に薬草はあり、その使い方も知られている。だが、魔女のように知識を専門に集めて、弟子に伝えるという習慣がない。知識は各地に散らばり、伝承は途絶えがちだという。


「知識を集めて、弟子を育て、未来に繋げてほしい」

「はい」

シロのお父さん、領主様が、魔女を魔女として認めてくれたことが嬉しかった。


 早春、私は驢馬に跨がり、鞍の前には山猫になったリンクスさんをのせた。リンクスさんは、私の護衛を買って出てくれた。

「人族の魔女様を、お一人で旅させたとなれば、妻に叱られます」


 リンクスさんの亡くなった奥様が人だったと聞いて、私は驚いた。リンクスさんの奥様にご挨拶をしたいからと、最初の目的地をリンクスさんの奥様が眠る墓地にしてもらった。


 私は魔女だ。墓地でリンクスさんの奥様の残滓に会えるかもしれない。挨拶もしておきたかったし、獣人の国で人が暮らすことについて、色々きいてみたかった。


 私とリンクスさんが出発する日の朝、シロだけでなく、お城の沢山の人がお見送りをしてくれた。シロは、獣人としての生き方を学び一人前になるため、お城に残ると決めた。シロは、寂しいと言いながらも、決意を変えなかった。私はシロの成長が、少し嬉しかった。


 餞別の品物も沢山いただいた。シロの両親、領主様御夫婦からは、私の身元を保証する特別な書状をいただいた。なるべくなら、これは使わずに済ませたい。


 品物の中には、よくわからないものもあった。シロの甥達や姪達からの贈り物だ。子供達なりの一生懸命に、シロが小さかった頃を思い出した。


 シロは、羊毛の敷物をくれた。早春の寒さを防いでくれるだろう。嬉しかった。狼の毛皮に嫉妬していたシロを思い出した。リンクスさんの尻尾が揺れていたのは、きっとリンクスさんも、同じことを考えていたからだろう。


「魔女、シロちゃんは、頑張って一人前になるから。魔女は、シロちゃんのところに、帰ってきてね」

一人前になると宣言しているのに、相変わらず甘えた口調のシロに、私の別れの涙は引っ込んだ。


「勿論帰ってくるわ。だからシロも頑張ってね」

私より、高くなってしまったシロの頭をそっと撫でた。

「はい」

シロは嬉しそうに笑った。


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