後日譚 父

第1話 父の子離れ

「寂しくなるな」

黒い外套を着て、驢馬に乗った小柄な人族と、その隣を歩く白い狼を私は見送った。二人で何か話をしているのだろう。楽しげだ。


「シロ」

魔女と一緒に旅立つことを選んだ末の息子の名を、私は呟いた。ブレイクというのが、私達が末の息子につけた名前だ。息子は生まれ、ようやく乳離れしたころに、攫われた。息子はあまりに幼く、自分の名前を覚えていなかったらしい。シロという名で私達のところに帰ってきた。


「まさか、本当に戦士になるとは」

私の言葉にリンクスが笑った。

「シロ様に、一人前の証として、戦士になることを、提案なさったのは旦那様です。戦士になれば、自分が決めたように生きて良いと、シロ様におっしゃったのも、旦那様です」

「耳が痛いな」

リンクスの言うとおりだ。

「誇らしいですけれど、寂しい限りです。幼い頃、手元で育てられなかった分、少しでも長くそばにいて欲しいと思うのは、親の我儘でしょうか」

妻の言葉は、私の気持ちそのままだった。


「御心配なさらずとも、シロ様も魔女様も冬には帰っていらっしゃいますよ。毛皮がない人族は寒さに弱いですから」

リンクスなりの慰めに、妻が微笑んだ。


「まさか、あの子が、シロが、やり遂げるとは、思わなかった」

「それだけ、魔女様を、お慕いしておられるのですよ」

またも耳の痛いリンクスの言葉に、私は、苦笑するしか無かった。


 私達がブレイクと名付けた末息子は、幼い頃に攫われた。どれほど探しても見つからなかった末息子は、何故か人族の国で、人族の魔女に拾われていた。魔女は、私達のブレイクを犬と思い込み、育てていた。可愛がり、きちんと躾けてくれていたが、犬は犬だ。獣人として生きるには、末息子はあまりに知らないことが多すぎた。


 犬として生きていくには問題はない。だが、末息子は、獣人だ。獣人のなかでも少ない、完全に獣の姿に变化出来る存在だ。無知なままでは、いつかなにか問題を起こしかねない。親である私達が守ってやらねばと、屋敷で、私達のもとで、一生暮らせば良いと考えていた。


 末息子は、それを承知しなかった。

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