第17話 魔女の事情
捨てられたと、鼻をすすりながら泣くシロの頭を、私はそっと撫でた。
捨てたかったわけではない。
「ごめんね」
それ以外、何を言えただろうか。シロにしてみれば、捨てられたようなものだ。
「シロちゃんは、悪くないわ」
シロは悪くない。だが、獣人は獣人、人は人なのだ。
「シロちゃんは、獣人で、ご家族が、獣人の国にいるのでしょう。小さな頃に、攫われちゃったシロちゃんをずっと探してくれていたのよ。お家に帰らなきゃ」
シロが、私を捨てなければいけないのだ。シロは、家族の元に帰らないといけないのだ。
魔女になると決めた日、私は家族と別れた。私には、帰る家はない。魔女はそういうものだ。
「だったら、魔女も一緒に行こう」
シロの声が震えた。
「魔女も、シロちゃんと一緒に、お父さんとお母さんに会って」
心細いと、シロの垂れた耳が訴えていた。シロは、帰るはずの故国に、行くとしか言えない。私は胸を突かれた。
シロはずっと私が育てた。シロが親元から引き離されたのは、乳離れした頃だ。私が見つけた時は、小柄な私でも抱えあげることができるくらい、小さな仔犬だった。攫われてから、あまり時間は経っていなかっただろう。
「ねえ、魔女も一緒に行こう」
赤ん坊だった頃からシロは、私とずっと一緒だった。
魔女の私にも家族はいた。私にも、乳飲み子だった頃がある。その頃のことなど、覚えていない。
シロをずっと探してくれていた家族であっても、シロにとっては記憶にない人達なのかもしれない。
「シロちゃんは、魔女も一緒がいい」
頭一つ、見上げるほど大きくなったのに、人型なのに。仔犬姿で甘えてきたときのシロが重なって見えた。
「獣人の習慣を知らないわ。それに、獣人の国には魔女の仕事はないはずよ」
獣人は、人よりも身体が頑強で、怪我も病気も少ないと教わった。獣人の国に、魔女が居るという話は、師匠からも、誰からもきいたことはない。
「魔女の仕事はあるよ。大丈夫だよ。だって、シロの怪我を直してくれたでしょう。一緒に行こう」
大きくなったのに、甘えたことを言うシロの髪の毛は指に絡むことなく、柔らかく滑っていく。
「魔女が一緒なら、シロちゃんは、お家に帰って、お父さんとお母さんとお兄さん達とお姉さん達に、ただいまって言えるかしら」
「魔女が一緒なら、頑張る」
私はシロを、すっかり甘やかしてしまったらしい。
「だったら、一緒に帰ろうか」
仕方ないから、家族のところに帰るまで、私が甘やかしてあげよう。
「うん。魔女と一緒」
帰ると言わないまま、シロは、嬉しそうに笑い、私の両脇に手を差し入れ、軽々と抱えあげてしまった。
「シロちゃん」
「魔女も一緒なら、帰る」
ようやく帰るといったシロは、私を抱え上げたまま、くるくると周り、嬉しそうに笑った。目が回りそうになったとき、シロをみるリンクスさんの安堵した表情が目に入った。
どうやらシロは、お迎えに来てくれたリンクスさんを、いろいろと困らせていたらしい。
「魔女と一緒に帰る」
嬉しそうなシロの声に、あぁ、この子はこういう声をしているのかと、私はあらためて感慨に浸った。
牧場に犬を貰いに行くのは、シロを家族のところに届けてからでもいい。獣人の国には、番犬はいるのだろうか。もし、番犬が獣人の国にいるなら、人の国にいる番犬よりも、賢くて強いに違いない。
かつて、抱き上げていたシロに、今、自分が、抱え上げられているということから、私は無理やり意識をそらした。気に入った木切れで遊んでいる時の犬のシロの笑顔に、人型のシロの笑顔はそっくりで、それが不思議で、可愛らしくて、おかしくて、私も笑った。
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