第3話 怪しい生き物

 魔女は旅に生きる。どこに行くかは魔女の気まぐれ。行った先々で、その地に住まう人々と、薬草や薬草で作った膏薬を、必要なものと交換をする。とはいえ、全く新しい場所に行くわけではない。どこに誰がいて、どういうものを持っているのか、知らないままでは交換は成立しない。数年かけて、同じ場所を回りながら、少しずつ新しい場所へと足を伸ばす。


 私はよく知る山道の先で、幸運なことに、目当ての夫婦に会うことができた。

「久しぶりだな、二年、三年ぶりか」

気のいい狩人の夫婦だ。以前、会ったときに傷薬を渡していた。狩人が怪我をしていたからだ。干し肉を分けてほしかったのだが、怪我をした狩人は狩りが出来ない。次に会ったときにと約束した。


「あのときの傷薬は助かった。またあれがもらえるなら助かる。今回は、毛皮がいるのか」

狩人の言葉に、私は頷いた。

「あの犬を連れていないんだね」

狩人の妻の言葉に、私の胸の中に風が吹き抜けた。


「引き取ってくれる人がいたから、預けてきたの。ずっと旅では、可哀想だから」

「そうかい。まぁ、それもそうだねぇ。随分と懐いていたけれど」

「仔犬のときに拾ってから、ずっと甘えん坊なままだったからね」

最初は、簡単に抱き上げられる仔犬だった。前に夫婦に会った時、シロは、狩人の妻に、獣の骨をもらって、喜んで囓っていた。行く先々で、シロは可愛がられた。


「これから冬で、寒くなるから、毛皮が欲しくて」

「魔女も寒いのか」

「魔女ったって、若いお嬢ちゃんじゃないかい。あんたらむさ苦しい男とは違うんだよ」

狩人は、妻の肘鉄に大袈裟に呻いてみせた。


「せっかくだ。見ていきな。運良く行商人が来る前だから、いろいろあるよ。これなんかどうだい」

狩人の妻は、沢山の毛皮を広げて見せてくれた。茶色や黒や灰色、長い毛、短い毛、いろいろな毛皮があった。


「これは」

灰色の毛皮の手触りが、シロに似ていた。

「あぁ、狼の毛皮だ。あんた目がいいな。それはいい。若いのに、さすがは魔女だ」

狩人は満足気にしていた。


「これがいいんだけど、いいかな」

「あぁ。勿論だ。前の借りもある。良いものを選んでくれてよかったよ。また、同じ傷薬をくれたら十分だ。あれには助かった」

「ご夫婦に再会出来てよかった。せっかくだから、よく眠れる薬草茶も一緒にどうぞ」

「ありがたいねぇ。いい子じゃないか。せっかくだ、これも持っていきな。栗鼠だよ。ちょっと傷が大きいから、行商人に渡しても仕方なくてね。裏地をつけて、寒い時に首に巻きな」

「あら、お礼のつもりだったのに」

「いいんだよ。もらっとくれ。また、あんたとは、今後も良い交換が出来たらいい」

狩人夫婦の笑顔に、私の心は暖かくなった。

「ありがとう」

色は違うけれど、シロそっくりな、懐かしい手触りの毛皮を、私は抱きしめた。


 きっとこれから夜は寒くない。寒さで目を覚まして、シロを思い出すことも減るだろう。

「ところであれは、お前さんの猫かい」

狩人の言葉で、私はここしばらく目を背けていたことに、向き合う羽目になった。狩人が指す先には、あの猫がいた。

「違う」

ここ数日、私の後をつけてきているのだ。

「そうだな。ありゃ、山猫だな。人に懐かない」

狩人の言葉に、私は首を傾げた。

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