24.恐ろしい思い出しかない(2)
3本ある矢のうち、1本を魔弓に番える。
鬼人が復帰してくる前に頭を撃ち抜いて終わりにしようと思ったが、やはりそう上手くはいかなかった。
「はは、面白いこと考え付くね、あんた」
どんな身体のつくりをしているのか。鬼人の彼があっさり復帰した。
ただし、それなりにダメージを受けているのが見て取れる。弓の突進を受けた左腕はだらりと垂れさがっており、動く気配は無い。衝撃を防ぎ切れなかったようだ。
――腕、一本折れてるのに元気過ぎて恐い……。うう、誰か来ないかな……。
爛々と輝く双眸を思わず見返す。あのギラギラした感じ、本当に苦手だ。一度叩き潰したにも関わらず何故あんなにも自信満々に跳ね返ってくるのか。どういう感情なのかまるで不明だ。まさに闘争本能の塊。あまりにも野性的過ぎる。
ともあれ、射線を見られている。このまま矢を放したところで、あの驚異的な反射神経を前に命中させられないのは想像に難くない。
また、飛び道具系を回避した直後にグロリア自身が突っ込んでくることも目の前の鬼人は既に学習済みだ。彼等の戦闘技術は高い。同じ手を短期間で二回使ったところで通用しないだろう。
現在の状況を整理する。3本ある矢は1本だけ番えており、左手の中にまだ2本残っている。魔弓は宙を漂っており、手を塞ぐことはない。
右手には刀を持っているが、今の距離感では当然振るう機会はないだろう。
両手は塞がっているので適当な投擲ナイフなどは使用できない。
また、若い鬼人とは言え流石にこちらを警戒しており、不用意には突っ込んで来なさそうだ。攻めあぐねているのは彼も同じという訳だ。
――……ま、双方向から攪乱しつつトドメを刺すのがセオリーかな。左腕を持って行ったから、さっきよりは接近しても問題ないはず。
考えていても仕方がない。
こういった負傷者は次にどんな行動を取るのか予測がつかないものだ。動き始めてから臨機応変に対応する他無いだろう。ともかく、まずは始めなければならない。
ふ、と短く鬼人が息を吐いた。
動く時の呼び動作が分かりやすいのは有難い。ほぼ反射で魔弓の矢を放つ。鬼人がそれを難なく避けるのを尻目に、左手の中に残っていた2本の矢を魔弓を通さず《風撃Ⅱ》で撃ち出した。
1本は的確に矢を躱したばかりの彼へと迫り、もう1本は逃げ道の軌道を塞ぐ。これらは威力こそ魔弓で撃ち出したものに劣るが、竜人の肌より強度が低い鬼人の肌を食い破るくらいならば問題ない。
「ぐ、この……っ!」
しかしそこは火事場の馬鹿力とでも形容するべきか。
絶対に身体のどこかへ命中する3本目の矢を、身体の向きを変えて既に使用不可能な左腕で受けた。このどれだけ負傷しようと目の前の相手と絶対に戦いを止めない姿勢には畏怖の念すら覚える。
だが、それは大幅なロスタイムだ。身体を半回転させたのをしっかり目視していたグロリアは、内心大慌てで《倉庫》から小振りのナイフを取り出していた。
矢を全部消費したことで、それまで塞がっていた左手が空いたからだ。
持っていたものを全て使うなり投げるなりすればそうなるのは当然の帰結なのだが、意外とこうして戦闘中だと相手の手が空になっている事に意識を持ちづらい。脳処理の都合上、それを重要な事として認識する為には経験を積むしかないからだ。
もう飛び道具はないと咄嗟の判断でそう考えた鬼人がグロリアへと足を一歩踏み出そうとしたそのタイミングで、手の内に隠していたナイフを真っ直ぐに放った。
それと同時に全力で疾走する。投げた物を追い掛けるようにだ。
どうせこんなオモチャ、大した傷もつけられず避けるなり叩き落されるなりするだろうが一瞬気を取られている間に首を落とす――
「……!!」
けれど、そうはならなかった。
投げたナイフを目の前の若い鬼人は躱すことも、防ぐこともできなかったからだ。また、当たり所が非常に悪かった。否、投擲物を使用する際は必ず当たれば急所の位置に投げる。投げるけれど、相手がそれを対処する事は前提で投擲するので大抵はそれで雌雄が決する事は無い。
であるのに、投げたナイフは相手の身体の中心を綺麗に貫いた。即死はしないだろうが、もう起き上がっても来ないであろう部位。実戦でそんな所に刃物が突き刺さったらその場で生存を諦めるレベルだ。
それを悟っているのか、そのまま前のめりに倒れた鬼人は特に手負いの獣らしい行動は取らなかった。
変わり、思わぬ展開に立ち尽くすグロリアへと声を掛ける。
「あんた、もしかして俺等のこと嫌い? ……表情も感情も無いヤツだって聞いてたけどさ、執拗に息の根を止めようとしてくるじゃん……」
「……いや」
「ま、楽しめたかな。ありがと」
遺言のような言葉を皮切りに、鬼人が《投影》から離脱した。
勝利は勝利なのだが、何故だろうこの釈然としないようなどこかもやもやしたような気分は。
もうまだずっと、《相談所》にいた鬼人の彼の影が消えないからかもしれない。
考え込んでいると、《通信》を繋ぐ時特有の耳障りの悪い音が脳内に直接響いた。
その後にすぐさまエルヴィラの声が聞こえる。まだ無事だったらしいが――
『あーあー、もしもしグロリア――』
聞こえて来た報告にほんの少しだけグロリアは眉根を寄せた。
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