23.恐ろしい思い出しかない(1)
***
――スイッチ、オンオフ型かなあ。彼。
対峙する鬼人の青年を前にグロリアは小さく溜息を吐いた。
鬼人との戦闘は少し苦手だ。技量だとかそういった問題ではなく、主にメンタルの面で。
これまでの経験から鬼人にはざっくり二タイプいると言ってもいい。
例えばSランクパーティのリーダーである紅葉は動タイプ。常に隠しもせず闘争を求めており、理由すらなくとも相手に挑みかかってしまう早死に気質だ。
そして目の前の彼。彼については静タイプであり、スイッチをオンオフする性質を持っている。全てに対して凪いでいるが、戦闘になると急に元気になるような手合いだ。
個人的には後者にいい思い出がない。
鬼人にしては珍しく静かで戦い戦いと言わないので安心していると、手合わせした瞬間豹変する、などというトラウマものの事態になりシンプルに恐い。
「何か考えてる? あんたのパーティ、強いヤツ一杯で楽しそうだ」
「……どうも」
鬼人は楽しげだ。
他の面子とも出会ったのだろうか。という事はベリルもジモンも彼をスルーしてしまった? 何故……。
がっくり内心で項垂れるも後の祭り。エルヴィラに何と声を掛けるか悩んで他を放置していたつけが物凄い勢いで回ってきただけである。
油断なく鬼人へ目をやりながら、状況を整理する。
まず今手持ちの武器は二つ。一つは太刀、もう一つは仕舞い忘れた魔弓。こんな至近距離に敵がいて飛び道具など使うはずもないが、出したままなものは仕方がない。そのままにしておこう、邪魔にもならないし。
装備品の類はいつも通り。バングルとベルトのみなので、必要最低限しか魔法も持っていない。具体的に言うとⅠからⅡ等級くらいまでの魔法。火属性抜きである。
それと対峙する鬼人だが、恐らくナビがいる。
グロリアの背後から近づいて来た事と、まだリッキーの発見報告を聞いていないあたり、彼が指示を出して動かしているのだろう。そういうパーティも最近は珍しくないらしい。
ただ――イェルド曰く、そういったパーティは上位へ行けば行くほどいなくなると言っていたけれど。メインアタッカーがちゃんと強いなら問題は無さそうだなと思う。
「それじゃあ、始めよっか。なるべくあんたはさくっと倒して、竜人あたりと手合わせしたいからね」
言いながら、鬼人の彼が緩く腰を落とす。今から突っ込んでくるぞ、と言わんばかりだが誘われないようにするべきだ。
鬼人が多く住まう極東の地では独特の歩法なるものが存在する。
緩急が読みづらく、初見で対応し辛いので警戒するべきだ。何より、相手は刀を持っている。中距離をキープして、そもそも攻撃をされないのが堅実だろう。
概ねの方針を決めた直後、様子を伺っていた鬼人が動き始めた。
地面を擦るような足捌きを捕らえ、やはり思っていた通りだと嘆息する。《ネルヴァ相談所》所属時代に、嫌と言う程見た動きだ。
素早い動きで接近してくる彼を迎え撃つべく、《水撃Ⅰ》を2つ発動。
進行を遮るように水球を1つだけ放り込んだ。
ただしこんな物は当たるはずもない。最早、鬼人は止まる事無く右足を軸に身体を半転させ、人でも避けるような要領で水の塊を回避した。
「狙いが正確だね、あんたの魔法」
そう言って更に加速する鬼人目掛けて、2つ目の水球を真正面へ放つ。そのまま進めば水の塊へ突っ込む事になるが、勿論そんなものは通用しない。
鬼人が今度は水球を気持ち左に避けたのを目視した瞬間、グロリアは瞬時に身を翻した。
先程、一投目の回避からして進行方向を譲らない傾向にあるのは分かった。常に正面から向かって来る、まだ若い鬼人がよく取る行動だ。
故に二投目も必ず最小限の動きで回避行動を取ると見越し、鬼人の首へ刀身が届く間合いへ身体を割り込ませる。間髪を入れず、右手に持っていた刀を下段から上段へと振り抜いた。
ぎょっとして目を見開いた鬼人は顔を逸らして剣先をぎりぎりで躱した。ただし、それでも完全には回避できず柔らかい首の肉を薄く縦に裂く。何という反射神経。とてもではないが、ヒューマンには真似できない。
――反撃してくるな……。
鬼人の刀を持つ手に力が籠もったのを視界の端で確認する。追撃しても構わないが、下手に突っ込めば怪我では済まない。《投影》とはいえ、なるべく怪我をせず終えるべきではあるので結局安全を優先した。
一息に飛び退り、仕舞い忘れの魔弓を弓ごと鬼人へとぶつける。魔力で常に宙を漂っているそれは、あまり褒められた使い方ではないもののこういった使用も出来るのだ。魔弓はその性質上、非常に厚く造られている。ノーガードでこんな重量級の木材が突っ込んでくれば、ただでは済まないだろう。
「……っ!?」
鬼人が一瞬だけ躊躇する。
見た事のない攻撃法に無視してもいいものか、それとも対応して防御姿勢を取るべきかを迷ったのだ。
鈍い音と共に彼が盛大に吹き飛ばされる。
直前に利き手とは逆の腕で頭だけ庇ったのを見たので、恐らくまた起き上がってくるだろう。鬼人族の身体はとても頑丈だ。
――十メートルくらいは引き離した。
魔弓を手元に戻し、中距離・遠距離への対処に思考を巡らせる。近接戦大好きな鬼人でも、ここまで距離を取れば魔法くらい使って来る可能性があるからだ。
「……」
小さく息を吐いて矢を用意した。
有角人種というのは獣人だろうが竜人だろうが、とにかく角の立派さが一種のステータス。立派な角を持つ男女達ばかりが高い地位を持った結果、最近は立派な角というのは珍しいものではなくなってしまった。
目の前の鬼人も同じだ。その立派な角は低い茂み等へ身を隠すのに適さない。或いは、身体能力に優れ、魔力に優れる彼等には隠れる必要などないのかもしれないけれど。
鬼人に隠れるつもりは恐らくないだろうが、それでも尖った角が居場所を教え続けているという意識もないだろう。
《風撃Ⅱ》による最も一般的な矢を作成する。数は3本。
あまりに相手との距離が近いので、派手なエフェクトは自身を巻き込む可能性がある。それに先にも述べた通り彼等は頑丈だ。足がもげようが、腕が潰れようがかなり元気に向かって来る連中なのである。
手負いの獣程、恐ろしい物はない。
徐々に削り殺すなど窮地に立てば謎に強くなってしまう鬼人相手には危険が常だ。一撃で急所をブチ抜くのが堅実である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます