18.苦労人の気質(1)

 ***


 狙撃手を撃破した、という旨の報告を聞いたジモンは小さく頷いていた。

 ――流石はお嬢。さっさと目標を撃破したな。


 リーダーにばかり働かせる訳にもいかない。狙撃の心配はなくなったが、目の前の敵が消えるはずもないし、そろそろ集中しなければ。

 白髪の鬼人が引き斬るように刀を振るったのを見て、真横に回避する。それでも避けきれずに左腕を引っ掻いてしまった。横合いから放たれた魔法を、大斧の一振りで掻き消す。大した事はない水系の魔法だった。ⅡかⅢくらいの威力。


 状況を整理しよう。

 先程まで一緒に敵勢力から囲まれていたベリルとは引き離された。余程でない限りソロなのでそれは構わない。

 ただ相手の人数が多い都合上、こちらは一人きりになったのに敵が2人いるのは面倒だった。


 片方はなんて事ない中距離専門の魔法職。一定の距離を取り、絶対に斧の攻撃範囲には入って来ない堅実な立ち回りだ。

 もう一人は白髪の鬼人。彼は――なかなかどうして、雑魚ではないようだ。

 魔法の援護射撃を上手く使いつつ、淡々とこちらの首を狙っている。ぼんやりしているように見えたが、戦闘が始まった瞬間スイッチのオンオフが替わったようなのでしっかりと鬼人の気性を持っている。


 ――まずいな、エルヴィラを放置し過ぎている。ベリルさんにやれと言われている手前、ここで遊んでいるわけにもいかない。しかし、この場にエルヴィラを巻き込めば普通にあっさり殺されそうだ。

 彼女と合流するよう指示されていたが、今の所こなせていない。向こうも移動してきていると思ったが、途中で敵と交戦して狙撃手がどうのと《通信》が不穏だったのも悩みの種だ。

 もういっそ、グロリアに事情を説明してエルヴィラを保護させるか? 《投影》とはいえ、実戦を踏まえた上での模擬戦だ。あんまり仲間を犠牲に、という戦い方はしない方が良い。現実で同じ事をしては困る。

 ベリルに同じ事をお願いしても良いが――と、ここでジモンはこっそり溜息を吐いた。


 面倒を見て貰った過去がある者から言わせてもらおう。

 グロリア&ベリルの面倒見は雑だ。放任主義と言えばそれが正しいだろうか。エルヴィラの戦闘能力を見た時、最終的に奴の面倒を見るのは自分になるだろうなと予想ができてしまうくらい適当だ。

 そして現に面倒を押し付けられている。グロリアは後衛なので分かるが、ベリルは何故堂々とパーティメンバーのお守を一人に押し付けたのか。


「――!」


 鬼人がゆらり、と独特の動きで距離を詰めて来る。何と言うか、速度が分かり辛い。速いような遅いような、見た目に反して合わせづらいメリハリが面倒だ。

 刀の一閃を後ろに回避し、間髪を入れず斧を振り抜く。素人相手なら既に首を胴から切り離していただろうが、その恐ろしい程の反射神経で掠り傷程度しか付けられず。しかも斧を振った直後、やはり真横から火球が飛んできたのでそれを左腕で受けた。焦げた臭いが鼻孔を擽り、最低な気分に陥る。


 首筋から伝う鮮血を親指で拭った鬼人が薄く笑ったのが見えた。


「本当に強いじゃん、グロリアの所……。楽しくなってくるな」

「ああ、だから嫌なんだ、鬼人は」

「そんな事言わずにさ、アンタも楽しんだらいいよ。本当はこんな《投影》の紛い物じゃなくて、生身のアンタと戦ってみたかったけど」

「……ハァ」


 ――こいつがメインのアタッカーだな。

 リーダーはリッキーと言うヒューマンだと聞いていたが、サポート系のリーダーなのだろう。全然姿を見せないあたり、どこか遠くから仲間へ指示を出しているのかもしれない。いやにあっさり囲まれたのを思うに。


 ともかく、エルヴィラの事は一度忘れよう。そこまで面倒を見てやる義理も、よく考えたらないし自分でどうにかしてくれ。

 余計な思考が身体を鈍らせる。同僚の存在は脳から締め出した。

 2対1という構図だが勝てない事もない。珍しい歩法で気を取られたが、それでも目が慣れてきた。次はカウンターを完璧に合わせられるはずだ。中距離地点にいる魔法職は鬼人を片付けた後に対処すればいい。大した魔法は撃って来ないし、急所に直撃なんかしない限りは問題ない。

 それにグロリアと比べれば腕もよろしくない。混戦中は絶対に魔法を撃って来ないので、常に鬼人に仕掛けていれば棒立ちするだけになるはずだ。


 獣人である自分でさえやや重いと思う大斧を地面から浮かせる。今度はこちらから仕掛けて、どう動くのか反応を――


 と、次の瞬間、バックステップでベリルが躍り込んで来た。何かを回避した時に、開けたこの場に踏み入ったのだろう。流石の鬼人も予想の外だったのか、その動きが一瞬だけ止まる。


「――って、ああ!? 何だお前かよ、ジモン!」


 ――それはこっちのセリフだ!

 やはりと言うか案の定と言うか。ベリルもエルヴィラと合流していないらしい事が浮き彫りになる。この様子を見るに戦闘しながら、一応彼女を回収する心積もりはあったのかもしれないが。

 ともあれ、やはり一番嫌な展開は終わらない。エルヴィラは一人きりらしい。


「……振り出しに戻りましたね。ベリルさん」


 二手に分けられたはずが、気付けばこの少し開けた場所に集まってしまった。これに関しては相手方もそういうつもりが無かったらしく、微妙な空気が漂っているようだ。


「なに、みんな。折角各個撃破しようって話だったのに、どうして集まって来たの?」


 鬼人の呑気な問いに、猫の獣人が肩を竦める。


「いやなんか、ベリルを追ってたらここに来てた! ドロシーを誰か見てない? もうずっと連絡がないみたいだけど」

「えー……そうだっけ? 《通信》なんて全然聞いてないから知らないな……」

「もう、白浪ってばそういう所あるよね」


 鬼人――白浪という名前らしい――は首を傾げている様子だ。鬼人で協調性のある人間など見た事がないので順当な反応である。

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