7話:Aランク試験
01.お勉強会(1)
イェルドのSランクパーティを実質クビ宣告され、代わりに自分のパーティとベリルというメンバーを手に入れる――
そんな話をされてから、数日が経った。
現在のグロリアはギルドの一室を借り、倫理試験の教材もイェルドから借りてみっちりと勉強させられている。実技は何の確信か、やらなくていいとの事でずっと教科書と睨み合っている状態だ。
「――おい。ぼーっとすんな。興味ねえのは分かるが」
「……」
――ちなみに、ベリルも一緒にお勉強である。
ソファで足を組み、片手で教科書を眺める彼こそ内容が頭に入っているのか甚だ疑問だ。しかも奴は逐一進捗を確認してきて鬱陶しい事この上ない。人の心配より自分の心配をしろ。
ともあれ、もう一時間は活字を眺めている。やや飽きてきたグロリアは思考の海へと舟をこぎ出した。
正直な話、今のパーティからは離れたくない。Sランクだからだとか、そういう問題ではない。イェルドの人柄だとか、温厚なメンバーから離れたくないのである。しかも、自分のパーティを自分で運営するなど以ての外だ。
ベリルは戦闘において役に立つが、グロリアと同様に対人面では何の役にも立たない。それどころか見ず知らずの相手に喧嘩を吹っかけるバッドコミュニケーションっぷりである。
結論。
――うーん、もう一人……もう一人、そういう事に秀でたメンバーが欲しい!
それに尽きる。どんなに強い魔物や人間と戦う事になろうと、それよりも依頼人と密なやり取りをしないといけない事にストレスを感じるのだ。
しかもAランク試験を落とす訳にもいかない。目下のストレスはそれだ。大きなプレッシャーはシンプルな胃痛を引き起こす。
イェルドは昇格できると確信している様子だった。狭き門だのと言われているAランカーにあっさり上がれると、そう思っているらしい。だから結構無茶な事を要求しているのに、その第一関門は簡単に突破し次の計画を既に練り始めている。
試験で躓くと、イェルドが自分の為に考えてくれているあれやこれやが全て無駄になり、且つあらゆる人達に迷惑を掛ける事となるだろう。それを思えば試験にも全力で臨み、しかも上がる他ないのである。
失敗が許されない状況と言うのは居心地が悪い。余裕がなく、毎日その事を考えてばかりだ。
「おい。お前さっきからサボって――」
目敏くグロリアのサボりに気付いたベリルが苦言を呈そうとしたが、そこでタイミングよくドアがノックされた。間髪を入れず、ノックの主が部屋へ入ってくる。
「調子はどうだ? 差し入れを持って来たぞ」
リーダー・イェルドが様子を見に来た。
事務員を伴っており、彼女はトレーを手に持っている。ケーキと紅茶が差し入れの内容らしい。
配膳を手早く終えた事務員は輝く笑顔で応援してくれた上、すぐに部屋から出て行った。流石のプロ、ベリルの威圧感をものともしていない様子だ。
礼を言って事務員を見送ったイェルドの視線が、グロリア達もとい机に乱雑に放置される参考書だのの山に移された。
「どうだ? 分からない所はあるか? お前達は筆記だけが心配だからな……」
「答えも何も全部この紙に書かれてるのに、分からないもクソもないだろ。馬鹿にしてんのか」
早速噛み付くベリルだったが、イェルドは困ったように笑っただけだった。恐らく、内容云々より倫理が欠如していると思われているのだろう。
しかし、ベリルの発言は尤もだ。
何度か筆記試験を受けているから分かるが、この参考書通りの問いがランダムで出題される。丸暗記が通用するし、何なら自分の倫理は差ほど通常の人類から外れている訳でもない。筆記は恐らく問題なく点数を取れると思う。
なのでグロリアは一昨日あたりからずっと不安に思っている、実技――要は模擬戦について尋ねる事にした。
「イェルドさん。模擬戦はどういう感じですか?」
「投影を使用して、1対1で行われる。グロリアにとっては有利な試験内容だな。魔弓の出力を考える必要もなく、好きなだけ暴れていいぞ。相手を殺す心配はしなくていい」
――ええ? いや、そういう事じゃなくて……相手がどのくらいの力量なのかを聞きたいんだけど……。
所詮はBランカーと、キリュウやユーリアもそう言っていたがそれは違う。
Aランクの実力を持った、試験がまだだからBランクの者達が集まっているのだ。それは最早、実質Aランクと言っていいと思うのだが。
イェルドのパーティに所属しているBランクはジークと自分だけ。Bランカーの実力など全然知らないのだが本当に大丈夫か。
模擬戦の話題はイェルドにとって注意を払うべきものではないのか、その視線は既に机の上にあった過去問の回答に移っていた。ベリルの答案だ。それを見、リーダーは僅かに目を見開く。
「……俺が思った5倍は回答できているな……。ほぼ満点か……何ならグロリアよりも点数が良いぞ」
――ええ? ……マジで?
地味にショックを受けていると、ベリルが小馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「お前等、人間のポンコツ脳みそと一緒にするな。こんなのやる意味無いだろ、この参考書からそのまま出題されてるじゃねえか」
ベリルは喧嘩っ早くて鳥頭だと何も知らない他人から思われる事が多いが、普通に自頭がいい。というか、礼儀作法も存外しっかりしている。口の悪さと短気さだけが玉に瑕なのだ。
既に彼を受け流す方法を習得しているイェルドは、続いてグロリアの答案を眺めて、そして頷いた。
「うん。問題なさそうだな。変なミスも無いようだ。だが、この内容を今後お前達が活かせる気がしないのは何故だろうな」
「ハッ! こんなもん、試験が終わったらすぐ忘れるだろうよ」
――止めて! 一緒にしないで! 私はちゃんと日常生活で活かせてるはず!
心中を荒らしていると、ふと思い出したようにイェルドがこちらを見た。
「そういえばグロリア、お前は気分転換に今月のノルマクエストに行くと言っていなかったか? ユーリアと」
「はい」
あと10分くらい勉強をしたら出発予定だ。
こんな部屋に缶詰め状態で1日を過ごすと気が滅入る。お前だけズルいだろ、とベリルの恨みがましい言葉が聞こえたが無視した。
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