第43話 合流

 オアシスから移動すること十日後———とうとう俺たちは『アンゴル大峡谷』に到達した。

 峡谷と言うと、切り立った崖と底に流れる川を思い浮かべるが、アンゴル大峡谷に川は存在しない。川に当たる部分が、そのままパックリ開いた魔界への入り口となっているらしい。


 そして周りの景色も全く違う。

 アンゴル大峡谷は樹木に混じり、魔石の柱が乱立している。

 ほぼ百年間人間の手が入らなかったこの地には、他にも凄まじい量の魔石が眠っているはずだ。


 ノーティオの張った結界は、遠くからでも確認出来た。

 ハニカム構造の結界は、半円で大峡谷を包み込むように昼間でも淡く光っている。近くまで来ると、その結界の網目に幾つもの綻びが見えた。


「完全に結界が崩壊する前で良かったですわね、ノクス先生」

 俺たち一行は到着後、かつての見張り小屋らしき廃墟がある広場で、一休みしていた。

 王弟として遠征の指揮を任され、魔術師として結界修復の監督も兼務しているノクスは、俺の言葉に疲れの滲む表情を少しだけ緩めた。

「ああ、少しでも遅かったら結界の崩壊は免れなかっただろう」


「でも、ちょっと拍子抜けですね」

「何がですの? グランス様」

 この遠征中ほぼ前衛にいたグランスは、自分の魔銃を撫でながら首を捻る。

「魔物の数が思ったより少ない。いや、当然アルカ王国にいた時よりは多いですが……」

「うむ、それは私も気になっていた。ここに来るまで死亡者が一人も出なかったのは幸いだが、魔物の攻勢とこちらの被害状況によっては、最悪撤退も考えていた」

 グランスの言葉にノクスも頷く。

 全てが順調過ぎて怖いってことか……。


 その時、馬でこちらに駆け寄ってくる人影が見えた。


「おー! ノクス王弟殿下! それにフィリア!! 貴殿たちの方が、我より早かったか!」

 その言動とウサ耳から間違えようもない、メテオラ・クラウストラ王太子殿下だった。


「メテオラ王太子殿下、ご無事で何よりです」

「貴殿らもな」

 馬から降り鷹揚に応えると、メテオラは一転して真面目な表情を作った。

「フィリア、クレアのことは大変であったな」

「お気遣いありがとうございます、殿下」

 通信魔法でクレア襲撃の件は、彼の耳にも入っていたようだ。


「我に出来ることがあれば何でも言うが良い。我の胸ならいつでもフィリアのために空けておくぞ!」

 さあ来いとばかりに腕を広げて言い放つ。

 冗談ではなく、本気で慰めようとしてくれているらしいが、「お気持ちだけで充分ですわ」と俺は体よく断った。


「失礼ながら殿下。グラキエス騎士団の被害はいかほどに?」

 不意にノクスがメテオラにそんな質問をした。

 意図を察したメテオラは、少し眉根を寄せる。

「極めて軽微だ。我が騎士団が強いと言うことももちろんある! だが、それにしてもだ。正直、拍子抜けしておる」

「そちらも同じでしたか」

「ノクス王弟殿下。これは我らを誘い込む罠だと言われるのか?」


 ノクスは即答しなかった。


「………可能性はあるかと。しかし結界修復は、この機を逃すわけにはいきません」

「我も同じ意見だ。我がグラキエスが誇る魔術師と合同で、すぐに修復と補強に取り掛かるとしよう。これだけの魔石の山を目の前にして、手ぶらで帰るわけにも行くまい」

 メテオラはニヤリと不敵に笑い、自分の騎士団たちがいる方に戻って行った。

 ノクスもテキパキと各所に指示を出し始める。

『アンゴル大峡谷遠征』は、いよいよ最終段階に入ったようだ。


「フィリア様、僕も警備に行かなくてはいけないので」

 グランスが律儀に断りを入れて、持ち場に戻る。

「ええ、お気をつけて」

 それを見送ってしまうと、とりあえず俺がやることはない。


 リトが待っている幌馬車に戻ろうとした時、


「フィリア様」


 後ろから声をかけられ、俺は振り向いた。

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