第42話 オアシス

「水だ……水だぞ!! みんな!!」

 フェール団長の声に、ワッと大きな歓声が上がる。

 それは、この十日間誰もが待ち望んだ光景だった。

 アルカ王国から出国して二十日目——砂漠地帯を十日間移動した末に辿り着いたオアシスが、俺たちの目の前に広がっていた。



「リト、身体を洗うくらい自分で出来ますわ」

「何を今更恥じらっていらっしゃるんです。お嬢様のお身体を洗うのは、私の役目じゃないですか」

「それは……そうですけれど……」


 メイドのリトの言うことはもっともだ。

 メンブルムの屋敷でも、学園の寮でも、俺——フィリアの湯浴みの世話はリトの仕事だ。


 しかし今は状況がまったく違う。

 裸、裸、裸、裸、裸………。

 湯気のないクッキリとした視界に、裸の女性たちがいっぱいいる。

 あー、もうっ!! 俺には刺激が強過ぎるんだよ!!

 何でこんな嬉し恥ずかしい状況になったかというと———


 俺たちはオアシスを発見後、飲料水を確保してから、女性陣が先に水浴びすることになった。

 男性陣はその間、周囲の警備にあたっている。

 魔物に対する見張りがいるとは言え、身分どおり順番に入っている時間的余裕はない。


 この世界は王侯貴族という身分差は存在するが、もともとわりと緩い。

 魔物という脅威のために、「力こそ正義」な実力主義傾向にあるからだ。

 魔物討伐の成果で、平民から成り上がった貴族も珍しくはない。

 そこで今回は身分差関係なく効率重視で、あっさりと同性同士一緒に水浴びすることになってしまった———


「は〜、ササP……いえ、クレアさんがこの場にいたら、絶対はしゃいでいたでしょうね」

 チラチラ視界に映る女体から気を逸らすべく、違う話題をリトに振ってみた。

「そうですね。クレア様はお嬢様はもちろんのこと、男性より女性がお好きな方ですから。性的な意味で」

 有能メイドに色々見破られてるぞ、ササP。


「……クレアさん、少しは回復したでしょうか……」

「私の口からは何とも——」

 出国前に見たササPの、包帯だらけの痛々しい姿を思い出す。

 ササPを襲った犯人は誰か———二十日以上経った今も目星はついていないらしい。


「早く、元気になった姿を拝見したいですわ……」

「私もです。お嬢様」

 ふわりと背後からリトに抱きしめられる。

「リトっ!?」

「クレアさんの前に、お嬢様が元気でいないといけません」

「リト………」


 こんな時でもジト目メイドはエプロンを装着している。

 全裸よりマシだが、湖水浴の時と違って今日は正しく『裸エプロン』である。

 大き過ぎず小さ過ぎない彼女の胸が、一枚の布越しに無意識かわざとか、フニフニと緩急つけて押し付けられる。


「元気になりました? お嬢様」

「リト〜っっ」

 あ、コレわざとだ。

 俺も彼女に嗜好を見破られてるのかもしんない。


「あら、フィリア様じゃございませんの」


 突然どこかのご令嬢が、お付きのメイドと取り巻きのご令嬢たちを従えて、俺の前に堂々と立ち塞がった。

 最近こういうのご無沙汰だと思ったら、よりによってこんな場面で絡んでこなくても……。

 俺はガン見したいという本能を抑えつけ、サッと視線を逸らした。


 それを敵前逃亡と見做したのか、不敵に笑うご令嬢はさらに俺に近づき、屈み込んだ。見えるから! 揺れてるの見えるから!!


「フィリア様は後方にいらっしゃるから、今までご挨拶出来ず、失礼しましたわ」

「いいえ、お構いなく。貴女たちは遠征において重要な戦力ですもの。前線におられるのに、余計な気遣いは不要ですわ」

「まあ、フィリア様は寛大でいらっしゃること! ……そのお心の広さが、お身体に反映されれば宜しかったのにねえ」

 ご令嬢はジロジロと俺の身体を見て、取り巻き連中とクスクス嗤っている。

 え、何、オッパイ格差でマウント取られてるの? 俺!?


 フィリアを侮られることは悔しいが、ここで俺が微乳の素晴らしさについて反論しても、危ない痛いヤツになってしまう。

 さて、どうしたものか———と思っていたら、背後のリトがスクッと立ち上がった。


「ご歓談のところ申し訳ありませんが、一言よろしいでしょうか」

「リト……?」

「皆様の曲線美は確かに素晴らしいものです。ですが———」


 前置きもなく背後からリトに羽交い締めにされ、一糸纏わぬ姿を観衆に見せつけるように立たされた。


「き、きゃああああああっっ!! ちょっと、リト!!」


 俺の抗議などどこ吹く風で、彼女はますます俺の胸を反らせる。

 ここにいるのは女性だけとはいえ、全身丸見えなのが恥ずかし過ぎる!


「高山しか景勝地と認めないのは如何なものでしょうか。形やその大小にかかわらず、丘や平地にも素晴らしい景色はいくらでもあるはずです」

「えーと、何の話ですの、リト」

「暗喩です。文脈で察してください、お嬢様。あと口を挟まない」

「え〜……」


 リトがこほんと勿体ぶって咳払いをする。

「良いですか、皆様。フィリアお嬢様の起伏の少ない、このなだらかな肢体こそ至高であると———私は言いたいのです」

「リト………」


 俺を精一杯擁護してくれる、リトの気持ちは素直に嬉しい。

 でもな、その方法が斬新過ぎてみんなポカンとしてるから、ついてこれないから。あといい加減、晒し者みたいなこの体勢、やめてください、ホントに。


「なになに〜、喧嘩してるの〜? みんな仲間なんだから、暴力はダメだよ☆」


 この場で一番マウントをとれるラティオが、空気を読まず、たゆんたゆんと割り込んできた。圧倒的強者の出現に、嫌味令嬢たちも言葉を無くす。

 リトはああ言ってくれたけど悲しいかな、胸に関してはボリュームこそ大衆の正義なんだよなあ……。


「さっき悲鳴が聞こえたようだが、大丈夫か?」

「ディエス殿下!?」


 ぬっと木陰から最悪のタイミングでディエスが顔を覗かせた。

 悲鳴って———俺のせいか!?


「きゃあああ! 殿方は出て行ってください!!」

「ご、ごめん、殿下がどうしても様子を見るって聞かなくって」

「殿下、戻りますよ! フィリア様は無事なんですから!」

 女性陣の当然の抗議に、カロルがこちらを見ないように謝罪し、グランスが真っ赤な顔でチラ見しつつも、ディエスを戻そうと引っ張っている。

 その背後には騒ぎに便乗した、下心満載な男どもがワラワラと控えていた。


 当のディエスはというと、全裸の俺を頭から爪先まで眺めたら、

「怪我はないようだな。失礼した」

 と、さっさと行ってしまった。


「お嬢様の素晴らしい身体を見て、動揺も赤面もしないなんて……本当に失礼しちゃいますね」

 リトの意見には同意するが、現在進行形で俺に最大級の失礼をかましているジト目メイドに言われたくない。


 ドゥゥンッ!!


「!?」


 地面が揺れたと思ったら、未練がましくその場に残っていた男性陣が、何故か全員倒れ伏していた。


「やあ、ごめんね、うるさくして。この下心ありありの男どもは、僕が片しておくから安心してね。殿下に乗じて覗きなんて、まったくどうしようもないよね…………うん、この絶景をずうっと眺めていたい気持ちはよーく分かるけど」

「シルワ先生☆」

「何かな、ラティオ先生。え、ちょっと怒ってる?」

「察しが良くて何より。堂々とジロジロ見ているあなたも排除対象なのですよ〜、爆散っっ!!」

 ひえっ、我が国の主戦力を粉微塵にするつもりか!?


「お嬢様、コレを!」

 リトが何故か持ち込んでいた魔具の杖が、俺に素早く手渡された。


「えいっ!」

 ラティオの魔法が発動される前に、杖による防犯機能で魔力を吸い込むことに成功した。

 彼女はシルワを粛清し損ねて残念そうな顔をしたが、せっかくのオアシスだ。

 血みどろの事件現場になるのを回避出来て、俺はホッとする。



 ———余談だが、オアシスでリフレッシュした後、シルワ先生が俺に、

「僕はフィリア嬢の真っ平らな胸も可愛らしくて好きだよ」

 と堂々とセクハラしてきたので、サクッとラティオ先生にチクっておいた。

 その後彼の悲鳴が聞こえたような気もするが、俺はもう知らない。


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