第37話 出立

「我はこれからグラキエスに戻り、予定通り準備が出来次第ネブラに侵攻する!」


 グラキエス王国第一王子メテオラは、作戦に必要となる食糧を飛行船一杯に詰め込んでから、俺たちに宣言した。

 メンブルム騎士団の広い訓練場に、王都騎士団やそちらで増員した兵を除いたメンバーが集結していた。

 もうすぐ一月の準備期間が終わり、『アンゴル大峡谷遠征』の開始日が刻々と迫っていた。


「通信魔法の使い手を置いていく故、ネブラ侵攻の際に知らせる。また、上手く通信が出来なかった場合は狼煙を使う。それで良いな?」

「承知しました。我らアルカ王国も殿下のご武運を祈っております」

 ノクスが恭しく頭を下げる。

 メテオラはじめグラキエス王国騎士団がいかに魔物たちを引きつけるかが、この作戦の成否にかかわる。


 一月の準備期間中、メテオラがここに立ち寄った際、訓練でディエスと剣を合わせることがあった。

 彼は魔具の剣に魔力を纏わせるタイプで、最終的にはディエスが勝ったが、なかなか拮抗した勝負をしていた。

 そのメテオラが率いる騎士団であれば、成果は期待できるだろう。


「フィリア、クレア」


 不意に呼ばれたと思ったら、答える前にメテオラに二人まとめて抱きしめられた。

「へっ!?」

「!!」


 シュッ!


 メテオラが抱擁を解く前に、クレアの拳が彼を退けた。

「ごめんなさい、殿下。つい防衛本能が働きまして」

 ニッコリ笑って謝罪してるけど、クレア——ササPのブレスレットは凶悪なナックルに変形している。

 メテオラが瞬時に避けたから良かったものの、隣国との火種は作ってくれるなよ、ササP……。


「ハハハハッ、我も急にすまなんだ。我の国には戦場に向かう前に、男が女性を抱擁すると必ず彼女の元へ帰って来られるという迷信があってな。要は験担ぎだ」

「ふふっ、それは素晴らしい風習ですね」

 目が笑ってないぞ、ササP。

 あと、ナックルはしまえ。隣国の王太子威嚇すんな。



 グラキエス王国の第一王子は、こうしてアルカ王国から出国していった。

 合図があった三日後に、我が国の騎士団もネブラ王国アンゴル大峡谷に向けて旅立つ。


「諸君、メテオラ王太子殿下が出立された。近くグラキエス王国騎士団がネブラ王国に侵攻し、我らはその三日後に彼らに続く。これより王都に戻り、メテオラ殿下の合図を待つ。用意はいいかね」


 ノクスの低い声が辺りに響いた。

 士気を鼓舞するでもないローテンションな声でも、団員たちには充分だったらしく、あちこちで雄叫びが上がる。


「私も頑張っちゃおうかなー、ねえ、フィリア様」

「クレアさんは主戦力なのだから、あなたが頑張らないでどうするんです………それから、何でさっきから私を抱きしめているんです?」

「えー、グラキエス王国の験担ぎ?」

 異文化取り入れるの早過ぎだろ。

 そもそも『ガワ』は女同士だし、『中身』はオッサン同士だ。

 効果があるかは甚だ疑問だ。


「まあクレアさん——ササPさんのご活躍は期待しておりますわ。私は留守番組ですから」

 やはりというか実力からいったら当然の結果だが、俺は先程ノクス先生から戦力外通知を受けた。

 射撃の腕はグランスの丁寧で根気強い指導のかいあって、三回に一回はど真ん中に命中するようになった。

 しかし魔物の大群に対して、それでは弱い。

 そして、ラティオはじめ有力な治癒魔法使いが遠征に同行することもあり、国内では一時的な治癒魔法使い不足となる。

 こんな弱小治癒魔法使いの俺でも、需要はあるわけだ。

 王都まではササPたちと一緒だが、それからは別行動だ。


 俺はずっと気になっていたことを、この際だから聞いてみる。

「今、私たちはトゥルーエンドに向かっているのですよね?」


 この世界がゲームと同じか、俺は知らない。

 ただ現実に時間は流れてるし、セーブポイントもないことは確かだ。

 選択肢を間違ってもやり直しは出来ない———


「そんな心配そうな顔しなくても大丈夫だって、B君! バッドエンドのフラグは私が折っといたから❤︎」

「本当ですわね!? 信じていいんですのね!?」

「何でそう疑り深いかなあ、プロデューサーの言うことだよ?」

「抱擁以上に身体を弄ってくる方に信用はおけません!!」


 真剣な質問に対しての答えは、非常に軽いものだった。

 俺は全クリしてないからトゥルーエンドもそれに対するバッドエンドも知らないけれど、バッドはおそらく魔物による味方の全滅と世界の破滅だろう。

 そこに向かってたら、流石のササPもこれだけお気楽ではいられないか。

 そうだ、いい方に考えよう!


「そうそう、信用していいよ。私が君を守るからね」

 悪い人ではないが、どこまでが本音か分からないササP——クレアが、見惚れるほど綺麗な笑顔を俺に寄越した。

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