第19話 ディエス殿下と1

 午後の陽射しを浴びて、俺は中庭で一人ボーッとしていた。

 見上げる空は元いた世界のものと、何ら変わりがないように見える。

 周りを森に囲まれているせいか、時折鼻をくすぐる風の匂いは、草や木や土の自然な匂いだ。

 リラックス効果でますます動きたくなくなる。

 ——というか、やることが無い。


 異世界転生してから、早三ヶ月。

 慌ただしい日々だと思っていても、手持ち無沙汰な時もある。

 それが今だ。


 学園の先生たちは、国内の有識者を集めた魔物対策会議があるとかで、午後の授業は全部お休み。

 いつも何だかんだつるんでいるクレア——ササPも、カロルや向上心の強い生徒たちの鍛錬に付き合ってくれと拝み倒され、渋々連行されていった。


 そういう訳で、俺は午後の時間を持て余していた。

 うーん、一人でいるより寮に帰ってリトとティータイムと洒落込む方が令嬢っぽいかな。

 フィリアの記憶頼りで侯爵令嬢としては、まだまだ俺は半人前もいいとこだ。

 たまには自発的にお嬢様らしいことをしてみるか。


 次の予定も俺の中で決まり、足取りも軽く中庭を出れば、校舎の角で誰かと勢い良くぶつかった。

「きゃっ!」

「!」

 倒れそうになった俺の背を、とっさに誰かが支える。


「大丈夫か? フィリア」


「ディエス殿下!」

 ぶつかった相手は俺——フィリアの婚約者、ディエス王子だった。

「失礼いたしました。私が前をよく見ていなかったのが、いけなかったのですわ」

「いや、私も気をつけるべきだった」

 そこで俺は違和感に気づく。


「あら殿下、コスタは一緒じゃありませんの?」

 いつも授業以外では彼に付き従っている侍従の姿が見えない。

「ああ、今日の対策会議の準備で駆り出されている」

「そうだったんですの」

 コスタはディエスの警護ではなく、日々の細々とした雑用を受け持っているから、彼の不在は問題ないのだろう。


「殿下はどちらへ行かれるご予定でしたの?」

 会話の接穂として問いかけてみたら、何故かディエスの視線が泳いだ。

「殿下?」

「……何も」

「え?」

「別にどこへ行こうという、あてもない。約束している相手もいない」

 まさかの数分前の俺と同じ状態かよ。

「えーと」

「……」

 どうしよう、気まずい。そういえば殿下、わりとガチ目のボッチだった。

 ディエスと親密度を上げるつもりは全然ないけど、フィリアがこの身体に戻って来た時、彼と疎遠になってたら悲しむだろうな……。

 でも俺がコイツといて、上手く会話のキャッチボールが出来るとも思えない。

 生前の世界だったら映画とか美術館とか、無言でも間が持つ空間がいくらでもあったのに、この異世界ときたら!

 ———そうだ。


「殿下!」

「何だ?」

「釣りを一緒にしませんか!?」

「え」


 この時の俺は、それをとてもいいアイディアだと思ってたんだ———

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