第2話 最初の日

「はっ!」


 俺は目覚めた。

 目が覚めたということは、さっきまでの光景は夢?

 ……そうだ。

 そうに決まっている!

 夢の中で俺の身体は壊れ、鼓動を止めた。

 その痛みは生々しく思い出せるけど、現に俺は生きてる。

 ふかふかの天蓋付きのベッドの上で、寝返りだって楽に———


 天蓋付きベッド?

 ウチにそんな物はない。

 しかし記憶に違和感がない。


「どういうことなんですの…?」


 疑問を口にして、俺はさらに混乱する。

 これは俺の声じゃない!

『ですの』なんて口調は、生まれてこの方一度も使った覚えはない!

 ひょっとして、おかしいのは俺の頭か!?


 コンコン


 控えめなノックの後、静かに扉が開く。

「失礼します」

 入ってきたのは、どこからどう見てもメイドさんだ。

 そして何故か俺は、彼女の名前を知っていた。


「リト……」


「!?」


 俺の(俺じゃない)声に、メイドさん——リトの反応は早かった。


「旦那様、奥様! 坊っちゃま! お嬢様が目を覚まされました!」


 次の瞬間、ドタドタと足音も荒く、三人の人物が部屋の中に駆け込んで来た。


「おおっ! 私の可愛いフィリア、やっと目を開けてくれたね。どこか痛いところはないかい?」

「ああ、良かった、本当に良かった! もう目覚めないかと思ったわ」

「起きるのが遅いですよ、姉様! どれだけ父様や母様を心配させたと思ってるんですか! もう!……グスッ」


 三者三様に労わり、喜び、怒りながら安堵する、俺の(じゃない)家族たち。


「……ごめんなさい、お父様、お母様、リベルまで。ずいぶん心配をかけてしまったようね」


 黙ったままも良くないと口を開けば、自然と彼らの属性と名前を口にしていた。

 俺自身の意識のまま、俺のじゃない身体と記憶と知識に、言動が影響を受けている。


 ———これは、そういうことなのか!?———


 くらりと視界が歪む。

 頭に手をやれば、サラリと真っ直ぐな髪が指の間をこぼれる。

 俺は生まれながらの癖っ毛だ。

 そもそも、こんなに小さくて可愛らしい手をしてない。


「……お母様、鏡はあるかしら?」

「鏡? 病み上がりなのだから、多少やつれているのは仕方ないわ、フィリア。なにしろ十日間もあなたは眠っていたのよ」

「ミルレの言う通りだ。まあ、お前はやつれていようと怒り狂おうと、涎を垂らして眠りこけていても、その愛らしさが損なわれることは」

「鏡台なら寝台の横にあります、姉様」

「ありがとう、リベル」


 萎えた足をベッドから下ろし、リトの手を借りて鏡台の前に立つ。

 ……ああ、やっぱり……。


 予想は確信に変わった。


 おそらく同い年の女子よりは低い身長、薄い胸。

 ゲームの立ち絵で縦ロールだったはずのピンク色の髪はボブに変わっているが、推しのチャームポイントである金色の勝ち気そうな瞳を見間違えようがない。


 ——そう、鏡の中に映る俺は、乙女ゲーム『空の彼方、刻の狭間でキミと…』の悪役令嬢フィリア・メンブルム、その人になっていた。

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