IMMORTAL

えすの人

第1話 少女

 少女は暗闇の中で目を覚ました。


 光の届かない暗い場所。ここがどこで、何があるのかもわからない。ただ、自分は目を開いていて暗闇をその目で見ているということはわかっている。何故なら、自分は目を覚ましたのだから。


 初めはこう思った。

 「ようやく死ぬことが出来た」と。

 死ぬというのは自身の願望だ。自らが良しとしていたことだ。ただ、なぜ自分が死にたかったのか。死なねばならなかったのか。少女は思い出すことが出来なかった。


 それどころか、少女は自分が何者であるのかさえ思い出すことが出来なかった。ヒトだったかもしれないし、リスだったかもしれない。葉を食み歌うキリギリスか、あるいは水に揺蕩う微生物だっただろうか。

 自分が何と呼ばれていたのか、見当もつかなかった。


 不思議と、少女は死んでいるのに喉が渇いていることに気がついた。自身に肉体があるのか、そうでないのか。死の自覚はあるが、そうではないような。


 ぽたり。

 ぽたり。

 ぽたり。


 しじまの暗闇で少女の耳がとある異変を捉えた。

 ぽたりぽたりと滴る水の音が聞こえる。

 この奇妙な音は少女と同じ空間から聞こえてくるようだ。おそらく、彼女が手を伸ばせば水がなみなみと注がれた杯が待っていることだろう。


 ぽたり。

 ぽたり。

 ぽたり。




 ぽたり。


 少女にとって、もはや他のことなどどうでも良かった。ここがどこなのか、自分が何者であるか、生きているのか死んでいるのか。今はどうでも良いのだ。今すぐにでもこの渇きをなんとかしたい。その衝動が、あるかどうかもわからない肉体を疼かせる。

 忌々しい渇望。喉が焼けて呼吸がままならない。早く喉を潤さなければ。


 少女は手探りで杯を求めた。

 水が滴る聴覚と探る触覚、さらに微かな嗅覚を頼りに冷たい空間に手を伸ばす。

 そして、ついに杯が見つかった。


 少女は躊躇いなく、その杯にを立てた。


 じゅるるる……ゴクンッ。

 じゅるるる……ゴクンッ。


 熱い水は少女に力を漲らせた。渇きが潤う興奮で息が荒くなり、心拍が上がる。死体のようだった身体に生気が蘇る。

 少女は生を取り戻したようだった。

 

 じゅるるる……ゴクンッ。


 盲目だった視野が回復し、あたりを見渡す。

 自分が口をつけている杯。その姿に見覚えがある。確か、それはヒトと呼ばれる定命だ。そして喉を流れる熱い水の正体はヒトに流れる血。定命の生命活動に欠かせない液体だ。

 杯は死んでいるのだ。


 少女はそれを何とも思わなかった。喉は潤った。忌々しい疼きも消え去り、盲目も回復した。

 定命より生気を奪い生きる感覚のなんと清爽であることか。


 もとより、少女はこういうだったのかもしれない。

 

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