悪役令嬢は銃をぶっ放した!

すらなりとな

温厚な騎士も眉を寄せる事態

「それで、かの悪役令嬢を、今度はキミが匿う事になったのかね」

「おい、悪役はよせ。イザラは何もやっていないだろう?」


 辺境伯領の領主館。

 貴族の屋敷にしてはやや質素な一室で、タイタスは眉を寄せた。


 事の発端は、つい先日。

 公爵令嬢であるイザラが、婚約者である第一王子クラウスの不興を買った上、禁制の薬の所持の冤罪をかけられたという事件である。

 それだけならただのゴシップのネタなのだが、どうもその禁制の薬というのが、隣国から入ってきたものらしい。

 隣国は、戦争準備を進めているという噂がある。

 身の危険を感じたイザラは、修道院長へと身を隠した。

 が、その修道院の所在も、ついに見つかったらしい。

 イザラは修道院を逃れ、この辺境伯領へと逃れてきた。

 どちらかと言うと被害者であり、決して悪役ではない。


「まあ、そうなんだがね。

 王族のメンツにかける情熱は凄くてね。冤罪を事実に変えて、イザラ嬢を悪役に仕立て上げようという勢力がいるのさ。具体的にはクラウスが王位につかないと困る貴族たちだね。

 まったく、戦争を前にしたお家騒動なんて、腐ってると思わないか?」

「ラバン、お前も王族だろう」


 タイタスの目の前で、王家を皮肉るのはラバン。

 タイタスの友人に当たり、王位継承権をもつ人物だが、継承順位が低いせいか、王族ながら政治に関心を示さず、薬学や化学の研究ばかりしている変わり者である。

 隣国と国境を抱える、この辺境伯領主の跡取りとして育てられたタイタスとは正反対のタイプなのだが、それゆえというべきか、気が合った。


「私は予備の予備だからね。王位うんぬんとは無縁なんだ。

 それで、イザラ嬢は?

 修道院から逃げる途中、襲われたと聞いたが、無事なのかね?」

「問題ない。先程警備隊と合流して、我が領の修道院に入ったということだ」

「修道院? てっきり、この館に保護されていると思ったのだが?」

「修道女として生活して、思うところがあったのだろう。貴族のイザラの名前は捨てたまま、イザベラと名を変えて過ごす事にした、という事だ」


 この辺境伯領にやってきたイザラを思い出すクラウス。

 長旅に疲弊しながらも、この辺境伯領で過ごす意志を語る姿は、昔見た物語に出てくる戦乙女を思い起こさせたものだ。


「ふぅん?」

「なんだ?」

「いや、武芸一本の君が人のことを気にかけるなんて珍しいと思ってね。

 惚れたかい?」

「ラバン、お前はいったい何をしに来たんだ?」


 嘆息するクラウスに、ラバンはどこか好戦的な笑みを浮かべた。


「もちろん、戦争を回避するために隣国の姫君とお見合いに……というのは建前で、イザラ嬢に会いに来たのさ。

 おっと、勘違いしないでくれたまえ。私が気になっているのは、イザラ嬢本人ではなく、イザラ嬢を襲ったという怪物の方だよ。ナイア――その怪物を作った輩だが、彼とは個人的に因縁があってね。

 すまないが、修道院まで案内してくれないか?」



 # # # #



「そ、それで、その、司祭が、シスターになって、怪物を、追い払ったとっ!」

「……おい、ラバン。いい加減に笑うのを止めろ」


 そして、たどり着いた修道院の一室。

 タイタスは再び眉を寄せていた。

 原因は、言うまでもなく、イザラの話を聞いて必死に笑いをこらえるラバン。


「いや、失敬。

 だがね、筋骨隆々の司祭が性転換してシスターになったなんて、予想外にも程があるだろう。イザラ嬢、本当なのかね?」

「え、ええ。お気持ちは分かりますし、信じられないのも無理はないと思いますが……」


 目の前では、口元を隠して苦笑するイザラ。

 つい先程の好戦的な顔はどこへやら。

 部屋には、弛緩した空気が漂っている。

 タイタスは、取り敢えず話を戻した。


「それで、ラバン、イザラを襲ったのは、クラウスに取り入った錬金術士の作った怪物で間違いないんだな?」

「ああ、外見の特徴を聞く限り、間違いないだろう。

 もっとも、具体的な対処法は私も初めて知ったがね。

 人体を大きく超越する怪力を持つが、頭は悪く、突撃してくるだけが脳で、誘導すれば討ち取るのは容易い――ナイアは戦争になれば兵力として隣国に売り込むつもりだったようだが、これで対策も取れる。良かったじゃないか、タイタス」

「……そうだな。だが、対処方が分かっても、数で来られると面倒だ。

 どのくらい売ったかは、分からないのか?」

「そうだね、具体的な数は分からないけど、そう多くないと思うよ?

 なにせ、その怪物、人間が材料だからね」

「なんだと?」


 不快に眉をひそめるタイタス。

 ラバンも、先程の好戦的な顔を取り戻し、続けた。


「怪物、と言っているが、ナイアが作り出したのは、言ってみれば寄生生物なんだ。人間を宿主として取り付き、強靭な力を与える――代わりに、理性も飛んで命令を聞くだけの存在に成り下がるがね。兵士としては優秀だろう?」

「理性がない兵士は優秀ではない」

「おっと、そうだったね。

 だが、隣国は我が国より人口が少ない。戦争ともなれば、どうしたって兵士が足りなくなる。人手不足を解消するための苦肉の策だ。

 東洋ではこういうのを猫の手を借りる、と言うんだったかな?

 まあ、ロクな結果になるまい」


 余計な一言を付け加えるラバンに、ますます不機嫌になるタイタス。

 が、そこへイザラがおずおずと手を上げた。


「あの、もしかしたら、治せるかもしれません」

「ほう?」


 目を向けるラバン。タイタスも、無言で先を促す。


「その、寄生生物でしたか? 過去の戦争でも使われていたようなんです。

 この修道院に、治療方法と一緒に文献が残っていました。

 おそらく、そのナイアという男は、その生物兵器を改良したのでしょう。

 そうであれば、文献の治療法を改良すれば、あるいは」

「可能性はあるということか。だが、ナイアの作った寄生生物のサンプルがいるな。私も生物の構造を多少は把握しているが、実物がないことには実験もできないし……タイタス、イザラ嬢を襲ったという連中は?」

「問題ない。すでに捕えて、地下に幽閉している」

「あ、わたくしも手伝います。

 これでも、薬を扱う貴族の家系。きっと、役に立って見せますわ」



 # # # #



 そして数日後。

 三人は、見事、治療薬を作り出していた。


「いやはや、まさかこんなに短期間でできるとはね。文献がしっかりしていたのと、イザラ嬢の腕と、タイタスのとってきたサンプルの状態がよかったせいだな」

「おい、ラバン。サンプルは止めろ。

 寄生生物の実験体にされた以上、奴らも被害者だ」


 またも眉を寄せるタイタスを、ラバンは軽く笑って流すと、目の前に広げられた試作品を手に取った。


「このアンプルは私が持とう。もう少し研究して、効果を高めてみるよ。タイタスの言う被害者の中には、時間がたちすぎて寄生生物の浸食がすすみ、治療薬が効かない人もいたからね。次は治して見みせるさ。

 後は、この麻酔銃型だな。

 通常の麻酔薬の代わりに、治療薬を封入している。もし戦争になって、『怪物』となった人々が現れても、これを使えば対抗できるだろう。

 これは、タイタス、君のところの騎士団と、それから、イザラ嬢も持ちたまえ」

「え? 私ですか?」


 話すラバンに、イザラが目を見開く。

 ラバンは戸惑いを無視するように、イザラに銃を握らせた。


「君、狙われているということを忘れていないかい?」

「い、いえ。そんなことはありません。ですが、私、銃の使い方なんて……」

「それはタイタスに習えばいい。彼は剣だけでなく、銃もうまいんだ」

「おい、ラバン」

「なんだい?」


 にっこりと笑うラバン。

 ビキリ、と血管を浮かび上がらせるタイタス。

 イザラは二人の間でおろおろと視線をさまよわせる。


「あ、あの、ご迷惑でしたら……」

「……いや、かまわんさ。必要な処置だ」


 そんなイザラに、タイタスが折れた。

 ラバンは、それを楽しそうに眺め、


「急いでくれよ? 二日後には、実践の可能性があるからね」


 そんなことを言い出した。



 # # # #



「おい、ラバン。実践じゃなかったのか?」


 そして、二日後。

 タイタスはイザラとともに、ラバンと豪奢な宮殿へ連れてこられていた。

 疑問をぶつけるタイタスに、ラバンが悪びれもせず答える。


「言わなかったかい? これから、私は隣国の姫とお見合いなんだ」

「この場で、襲われると言いたいのか?」

「もしくは、私をここに釘づけにしている間に、イザラ嬢を襲う計画かな?

 ……せっかくイザラ嬢にも銃を持たせて同行をお願いしたんだ。私たちのそばの方がかえって安全だからね。いざというときは、頼むよ、タイタス」


 眉を寄せるタイタス。

 ラバンの方も、腰のサーベルを確かめながら、部屋の扉を開く。


 中にいたのは、白いドレスに身を包んだ女性と、護衛だろう、黒服の男が二人。

 ラバンは、貴族としては珍しく、警戒を隠さず前に出て、


「まあ、ようこそいらっしゃいました。ラバン様」

「ふむ。久しぶりだね、クラウス」


 そして、とんでもない名前を呼んだ。

 そう、クラウスとは、冒頭で出てきた、イザラの元婚約者にして、第一王子だ。

 硬直するイザラとタイタス。


「まあ! 私だと分かったんですね! これぞ愛の力!」

「そ ん な わ け な い だ ろ う ?

 そこにいるイザラ嬢から、性転換した司祭の話を聞いてね。よもやと思って調べたら、寄生虫の出す体液に含まれる肉体変容の効果成分を利用して、そういうことができることが分かったからね」

「またイザラですか! なぜ、イザラばかり! 私というものがありながら!」

「別にイザラ嬢ばかりかまっているわけではないのだが

 ……何度でもいうがね、私 は 男 だ」

「私 は 女 で す !」

「まさか女になるために、錬金術師ナイアの手を取ったのか?」

「ほかに人がいなかったんです! 猫の手を借りた結果です!」

「やはり東洋のことわざ通り、ロクな結果にならないな」


 叫ぶクラウスに、うんざりした声を上げるラバン。

 タイタスは、無言でイザラの肩に手を置き、


 イザラは、銃をぶっ放した!

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