第3話 真実




「——、——!」


 何かが聞こえた気がする、聞いたことのある心地良い響きだが、何かが違う。


「——————————、——!」


 俺は確か、異世界転移直後に訳も分からず殺されたはず。こうやって意識があるという事はあれは夢だったのか?しかし細部まで事細かに覚えている、現実感ある夢だった。


 痛くて苦しい悪夢だったので本当に夢で良かった。


「——————————、————————————‼」


 しかし意識が覚醒しているはずなのに目は開かず、体の感覚も無い。

 金縛りを経験した事はなかったが、これがそうなのかもしれない。

 しかし、先ほどから聞こえてくる何か、これはもしかしてアラームではないのか?

 なんだか騒がしくなってきている気がする。

 そうすると目が覚めないと出勤時間に間に合わなくなって非常に困る。

 ほんのりと温もりを感じてきた、朝日がいよいよ出勤を促してきているようだ。

 なんとかして


「———a、—a、あああ!」


 凄い声が聞こえて目が覚めた。

 遅刻の恐怖からか無意識に凄い力で叫んで目を覚まそうとして出た俺の声だった。


「やっと、やっと繋がってくれた!」


 これは、ベルフェの声か?何が繋がったのだろう。

 まぶたを開けようとするが何か粘着性の違和感を感じ、恐る恐る瞼を開く。


「良かった、本当に良かった」


 眼前に大粒の涙をこぼすベルフェがいた。

 こぼす涙が俺の顔を濡らす程に近い距離だ。

 どうやら俺はまだ夢の中にいるらしい。

 こんな美しい神に涙を流してもらって抱擁されているなど、夢でしかない。

 

「神様、これは夢ですか?」


 夢ならば大胆であればいい。

 照れる事なく彼女の大きな瞳の中を覗き込む、そこに映る俺の顔は酷く汚れていた。目、鼻、口、耳からの流血の跡がみられる。彼女の涙が俺の瞼に落ち、血糊が緩んで目が開いたのだろうか、所々濡れている。


「いいえ、現実です」


 安堵あんどからか泣き笑いをしながら答えてくれる。

 最初の転送時に見た冷たい印象の神はそこにはなかった。


「神様が助けてくれたのですか?」

「ええ、貴方が私の手の届く範囲に来てくれたおかげで神の奇跡が間に合いました」


 彼女は少し恥じらうようにして言葉を続ける。


「私の像を見たでしょう?

 あの像の周辺なら今の私でも世界に少しは干渉できるのです」


 そう言うと彼女は思い出したように俺の抱擁を解く、ぬくもりが遠ざかり非常に残念でならない。

 真っ白な床で未だ動かぬ体に意識をやりながら話を続ける。


「説明を受けていませんでしたが…」


 彼女はうなずきながら目元を拭い、軽く身なりを整えた。


「勇者転送は私の意志で制御ができないのです、話の途中で送り出してしまってすみません」

「今の、この状態は転送なのですか?」


 転送されるなら日本に戻れるのではないかと淡い期待を抱いてしまう。


「いいえ、今は『神隠し』状態なので、一時的にこちらに来てもらっています」


神隠し、日本でも天狗てんぐ様にさらわれるというあれは、異空間に入り込む事だったようだ。


「神様とは転送中だけのお付き合いと聞いていましたが」


彼女は少し困ったような顔をした後、心を決めたのか真剣な眼差しで答えてくれた。


「私の像に服をかけてくれましたよね?そのお礼です」

「いや、まぁ、あれは」

「そこによこしまな気持ちがあったとしても、私はその行為が嬉しかったのです」


 すべてお見通しのようで言葉に詰まる。

 今すぐにでもこの場から逃げ出したいほど格好が悪い。


「あの場所はかつて豊穣ほうじょうを祈り、収穫を祝う場所でした。神への供物くもつは神の力を強化します。貴方の行いが私に奇跡の力をくれたのです。貴方が力をくれた事と、私の像の近くにいた事が貴方をここに導けた理由です」


話を理解しながら、俺の邪な気持ちに触れられたくはなかったのでそそくさと話をすすめる。


「神への供物ですか?」

「正しい振る舞い、祈り、喜び、実りの分配、そういったものですね。

 かつては私もゴールに降り立てる程の力があったのですが、世が乱れ信仰が失われた今は本当にできる事が少ないのです」

「神様もゴールに来て頂ければ心強いのですが」

「また降り立てる日を心待ちにしています」

「では、それを目標に頑張りたく思います」


 視線を交わし、互いに微笑む。

 短時間しか言葉を交わしていないのに俺の心を変えるとは、さすが神様の抱擁…か。


「ただ、今回の事で俺の身体でどれだけ役にたてるのか全く自信がありません。

 神隠しから出たところでまたすぐにでも襲われそうな気がしますし」

「その事なのですが…」


 ベルフェは何故か悪戯いたずらっぽく笑った。


「あれから10年経ってるので、戻っても襲ってきた敵はいないと思います」

「じゅッ!?10年!?え、何もせずに48歳に!?」


 あぁ、だから身体が動かないのか、

 植物人間状態で筋力がゼロになってしまったんだ。途方も無い絶望が俺を襲った。


「神隠しですから、あちらとこちらで時の流れは違うんです。貴方はまだ38歳のままですよ」


 そういうとベルフェは自然に笑った。

 あぁ、だからさっきの悪戯の笑みが。


「ではこの身体が動かないのは?」


 神様の言葉が信じられないわけではないが、目覚めた時から動く気配のない身体は不安でしかない。


「それは私が貴方の身体を固定しているからです。神の力は魔法とは違うものですが、貴方にわかりやすく例えるなら魔法で貴方の身体を治療していたのです」

「もしかして、繋がったというのは、俺の腕ですか?」

「貴方の腕もそうですが、意識の事ですね。

 状態を固定して治癒を施しましたが、ほぼ即死に近かったのです。

 強力な毒におかされていましたので、本当に蘇生したのは紙一重でした」

「…神だけに」

「はい?」

「いえ、なんでもありません。本当に助けて下さりありがとうございます!」


 元の身体で再出発できるとは思っていなかったので本当にありがたい。

 再出発する事を意識すると、聞きたかった事を思い出した。


「ところで神様、過去に俺の他に勇者を転送されましたか?もし転送されているなら参考までにどんな活躍をしたか教えて欲しいのです」


 ベルフェは少し考え、問題無いと判断したのか何故か得意気に答えた。


「貴方を含めて7人の勇者を転送しています。勇者の力は神の恩寵おんちょうにより非常に強力なものになりかねません。そのため66年に一人の転送という限られた力なのです。この、神の力を得て世界の均衡を取り戻す緊急措置が勇者転送です」


 なるほど、まずは推測通りのようだな。


「俺が7人目の勇者という事なら参考に聞きたいのです。

 先の6人の勇者の時はどうやって均衡を取り戻したのでしょうか?

 先の勇者の時は魔王を討伐したとかなのでしょうか?」

「ええと、まず貴方は6人目の勇者です。

 貴方以外の勇者は現在活動中で、活躍としては均衡の道半ばといったところです」


 ん?いやいやいや、ちょっとおかしい。

 俺の当初の推測では66年に1人、その時代に1人の強力な勇者が世界の均衡を取り戻すのが『勇者転送』だ。転生したとしても66年周期で勇者誕生なので、寿命から考えて他の勇者と会う事はない世界だと考えていたんだが。


 今の説明では6人目の勇者が俺で、神は既に7人の勇者を転送したと言う。俺の転送から66年経たないと『勇者転送』は使えないはずではないのか?


「すみません、確認なのですが。

 66年に1人の転送ですよね?俺の転送から66年経ったのでしょうか?」

「いいえ、まだ今回の勇者転送から10年です。

 神隠しの間の10年という事ですね。

 それに、あと18年で8人目の転送が可能ですから援軍楽しみにして下さいね」


 無邪気な笑みにつられてつい笑い返してしまった。

 って、違う違う!なんて分かりにくい説明をするんだ。どういう事だ。ちょっと考えよう。


①8人目の勇者が来るらしい 66年×8人目=528年

②8人目は18年後に来るので今は 528年-18年=510年


 今は510年という事か。


「…もしかして、ゴール誕生から今まで勇者の転送、一度もしなかったんですか…」


 66年に1人という事ではなく、66年で1人転送できるポイントが貯まるという事か。


「そうです、だから今回通常ではありえないができました」


 なんてこった…非常にまずくないか?


 俺の不安をカレーで例えるとする。カレールーが水に対して多すぎればどうなるか?また、そのルーは本当にカレーなのか?という類の不安だ。


を持った勇者が6人いるって事ですよね」

「貴方も蘇生できましたので、ちゃんと7人です。普通ならこんな恵まれた状態になりませんよ?これだけ揃えばゴールの均衡もすぐに取り戻せると信じています」


 満面の笑みで微笑む。それは心底信頼しているという純粋無垢な気持ちなのか、自信の表れなのか、ただ展開を楽しんでいるのか、俺には察する事ができなかった。


「そ、それは勇者同士が結託けったくすればの話ですよね」

「あ、そろそろ完治した頃だと思うので固定を解きますね」


俺とベルフェはほぼ同時に発言する。

そしてすぐさま俺は激痛に襲われ意識を失った。

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