第49話
さらに10分程が経過して、なでなでに満足した汐音が今度は悠希に向かって腕を軽く広げた。
汐音が誕生日に初めて見せたハグして欲しい時の前触れ。
頬を赤らめ、ほんのり潤んだ瞳で上目遣いで汐音に見上げられて悠希の心臓がさらに加速した。
汐音の誕生日の日にはつい、汐音の雰囲気に流されて、汐音が望めば頭を撫でたりハグしたりすることを約束してしまったが、今、思えば早計だったかもしれない。
毎日、こんなドキドキを体験することになったら、間違いなく心臓がもたないだろう。
「矢城君、まだかしら?」
汐音が手を広げた体勢で待たされて、疲れたのか、少し窮屈そうに眉根を寄せた。
約束を結んだ手前、破るわけにもいかず、おずおず、と腕を広げ、汐音の華奢な身体を引き寄せる。
こうして抱きしめてみると、汐音の身体は細い。少し力を入れるだけで折れてしまいそうなくらいに。
汐音を正面から抱きしめるのも二回目なので、少しは慣れるかもしれないと思ったが、そんなことはなかった。
胸元に当たる二つの柔らかいそれも、汐音の髪から漂ってくる甘い香りも悠希の理性をがりがりと削ってくる。
それでもやはりと言うべきか汐音と触れ合うのが嫌だいう感情はない。
汐音は美少女だから、不快な感情を抱く男子生徒など、一人もいないのかもしれないが、悠希に限っては違う。
どれほどの美女であろうと、心を許した人間でないと、どうしても不快感のようなものを覚えてしまう。
汐音以外に仲がいい女性となると美月ぐらいしかいないが、もし美月が抱き着いて来ようとしたら、やはり、距離を置いてしまうだろう。
まあ、美月が悠希に抱き着いてくることなどありえないのだが。
汐音と一緒に暮らすようになって悠希の感覚が麻痺してしまったのか、それは分からない。
ただ、汐音がそばにいると安心するようになったのは確かだ。
「柏木とこうしてると落ち着く」
「……私も矢城君からこうしてもらうと落ち着くわ」
つい、漏れてしまった本音に返ってきた汐音からの返答に悠希は顔に熱が集中するのが分かった。
汐音が同じようなことを思ってくれているのが分かったのは嬉しいが、お互いに告白しているようなやりとりにこそばゆい気分になる。
赤く染まっているであろう自分の顔を汐音に見られたくなくて、悠希はさらに汐音を抱きしめる力を強めた。
汐音の方も同じようなことを感じていたのか、悠希の身体で表情を隠すように胸元に頭を押し付けてくる。
しばらく、そのままの状態でしばらく抱き合い、やがて、満足したのか汐音が腕の力を抜いたのが分かって、悠希も汐音を抱きしめる力を緩めた。
「矢城君、ソファに仰向けで寝転がってくれるかしら」
「何でだ?」
「テストのご褒美よ、約束したでしょう」
てっきりご褒美は後日、貰えるのかと思ったていたが、既に汐音は用意しているらしい。
特に、断る理由もないので、汐音の言葉に従ってソファに寝転がる。
寝転がるということはマッサージでもしてくれるのだろうか。
汐音からのご褒美なら正直、何でもいい気はするが。
「そのまま、目を閉じてくれるかしら」
言われた通り、目を閉じて大人しく待つと、悠希の頭が持ち上げられて、枕のような柔らかい感触が後頭部に伝わった。
「目を開けてもいいわよ」
頭の上から聞こえた汐音の言葉に従って目を開けると、上から覗き込むように見ていた汐音と目が合った。
汐音の美貌と一緒に、二つのふくよかな果実も不可抗力とはいえ、目に入った。
「ご褒美って膝枕か?」
「ええ、雪平さんに聞いたら、男の人にしたら喜んでくれるって言ってたから、もしかして嫌だったかしら?」
「いや、控え目に言って最高だ」
「そう、ならよかったわ」
ニコニコと嬉しそうに微笑む汐音に、最高だが、これは恋人同士がやるやつではと言う言葉は続けられなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます