第28話
悠希のマンションに戻った後、さらに二時間ほど勉強して諒真と美月は帰っていった。
何でも、これからデートするらしい。
相変わらずお熱いようで、二人は帰る前にもイチャイチャしていたので、悠希は非常に居たたまれなかった。
二人が帰ってすぐ、汐音にスマホのメッセージアプリを使って勉強会が終わったことを伝えると、ピロンと音が鳴って、了解を伝えるスタンプが飛んできた。
黒猫が敬礼のポーズを取ったイラストに吹き出しには「了解ニャ‼」と書かれている。
その姿が不覚にも汐音の姿と重なって見えて、悠希は少し顔を和らげた。
連絡して三十分ほどで、汐音は家に帰ってきた。
玄関のドアが開く音がして、顔を上げると、汐音が何やら荷物を抱えてリビングに入ってくる。
「お帰り」
「あー、うん、ただいま」
荷物をもったまま、汐音が気の抜けたような返事をした。
適当に返事をしたというより、聞きなれない挨拶に困惑したと言ったような表情。
「柏木?」
「いえ、何でもないわ、誰かにお帰りって言われるの久しぶりだったから」
汐音との生活を思い返しても、汐音が先に家にいることはあっても、悠希が汐音より先に家に帰っていることはなかったような気がする。
「それでその手に持ってるのは何だ」
「図書館からの帰りに買い物をしてきただけよ」
「連絡してくれれば、荷物持ちぐらいしたぞ」
「別に買い物くらい一人でできるわ」
「変な男に絡まれるかもしれないだろ、柏木、美少女なんだし」
「……それなら次からはお願いすることにするわ」
悠希としてはただ事実を言っただけのつもりだったのだが、汐音はほんのり顔を赤らめた顔を隠すようにキッチンの方に行ってしまった。
どうやら容姿のことを褒められるのはまだ、慣れないらしい。
「そう言えば、私がいなくなった後上手く誤魔化せたのかしら」
諒真と美月に関係を疑われるような態度を取ったことを少しは気にしているのだろう。
「正直、分からん、あいつら感だけは良いからな、もしかしたら気づいてるかも一応誤魔化しはしたんだが」
「ごめんなさい、つい、いつもの癖で」
シュンと汐音が落ち込んだように声を落としたので悠希は少しだけ冷静さを失った。
なんというか基本的には凛としている汐音にしおらしい態度を取られると落ち着かない。
これが世間ではやりのギャップ萌えというやつなんだろうか。
「別に、あれは俺も悪かった、二人には距離感が近かったせいで最初から疑われてたみたいだしな」
「距離感?」
不思議そうに汐音が首を傾げる。
「柏木と一緒に暮らすようになって、柏木の存在が俺の中で当たり前になっただけだ」
最初は汐音のことを一緒に暮らすだけの他人だと思っていた。
ただ、一緒に暮らすようになって、汐音の存在が当たり前だと思うようになってきた気がする。
なんというか、汐音と共同生活を送るのは意外と悪くない。
掃除はしてくれるし、料理も美味い。
理由はそれだけじゃない気がするが。
そんなことを考えていると自分で言っていることが急に気恥ずかしく感じられて悠希が言葉を尻つぼみに声を下げる。
が、汐音にはばっちり聞こえていたようでこちらも頬をほんのり赤らめたのが見えた。
「……そう」
汐音の愛らしい反応に余計気恥ずかしくなって悠希は本に意識を集中することにした。
悠希の言葉が照れくさかったのか汐音の方も料理完成を告げるまで話しかけてくることはなかった。
それが本当に照れなのかどうかはソファに寝ころんだ悠希には分からなかったが。
汐音お手製のとろけるチーズグラタンを食べて、安定の美味かったコールをしたあと、一息吐く。
やはり汐音の料理は美味しい。
間違いなく母親である、須美代よりは料理が上手いだろう。
本人に言ったら拗ねて料理を作ってくれなそうだが。
須美代も料理にアレンジを加えなければ汐音ほどではないにしても、美味しい料理を作れるのだが、やはり冒険好きなのが料理にも反映されているのが難点だろう。
それに後先考えずに食材を勝ってくるため、食材管理ができないというのもある。
その点、汐音は上手く食材を管理しているようで、ちょうど二人で使いきれる分量の食材を買ってくるため、ロスが少ない。
悠希の場合、料理はほとんどレトルトだったので、違う意味でロスが少なかったが。
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