第26話
しばらく、無言で汐音と美月が話しているのを聞いていると、きゃぴーんと美月の顔が輝いたのが分かった。
猛烈に嫌な予感がする。
こういう時の美月は大抵、ろくでもないことを考えているのを悠希は短い付き合いながら知っていた。
その予感通り、美月が立ち上がって「他にも頼みたいものができたから注文してくるね」と棒読みで言って、悠希と汐音を残して下に降りていった。
「雪平さんって食いしん坊だったのね」
「いや、今のはどう見ても俺たちを二人きりにして会話させようってのが狙いだろ」
驚いたような汐音の視線を追うと、美月が先程までいた席にハンバーガーが三つ積み上げられていた。
ついでにフライドポテトもきちんと頼んでいるらしく、見ただけで悠希はお腹がいっぱいになりそうだった。
美月が食いしん坊なのはあながち間違いではないかもしれない。
「それで柏木は何でここにいるんだ」
美月もいなくなったので悠希は汐音に話題を振ることにした。
「別に疲れたから息抜きに来ただけよ、矢城君達もでしょう……勉強会の方はどうだったのかしら?」
こちらの進捗状況も少し気になるらしい。
「柏木のおかげで順調に進んだ、ありがとな」
純粋な感謝の気持ちを伝えると汐音が分かりやすく顔を赤らめた。
「そう、それならよかったわ」
普段のクールな表情を装いつつ、汐音が素っ気ない返答を返したものの、耳は赤らんでいて照れを隠しきれていなかった。
それから十分ほどして美月が諒真と一緒に席まで戻ってきた。
「どう、少しは仲良くなれた?」
私、ナイスアシストでしょとでも言いたげな美月の額にデコピンしたくなったが、「別に普通だ」と気のない返事を返す。
「え~、せっかく二人きりにしてあげたんだから、悠希そこはガツンといかないと」
やはりと言うべきか美月の狙いは悠希と汐音をあわよくばくっつけようというものだったらしい。
普通に話したことがあるどころか一緒に暮らしているので、完全に余計なお世話なのだが。
「こっちのかっこいいのが私の彼氏の伏見諒真」
美月に紹介された諒真が軽く頭を下げて爽やかな笑みを浮かべる。
「柏木汐音よ」
「柏木さん、よろしく、相席迷惑じゃなかったかな」
「別に構わないわ、込み合っているのに一人でこの席を使うのにも少し罪悪感を感じていたし」
諒真が美月が無理に相席したんじゃないかと気を使った発言をしたが、汐音としては構わないらしい。
こういう気の使った発言ができることも諒真がもてる所以だろうなと悠希は思った。
軽く自己紹介も終わったところで昼食を食べ始める。
美月は本当に買い足しをしてきたようでチキンナゲットが追加され、見ているだけでお腹が膨れそう、そんな絵面が目の前には広がっていた。
「雪平、お前そんなに食えるのか」
「余裕、余裕~」
本当かと彼氏である諒真に視線で問うと、「美月ならこれくらいペロリと食べるぞ」と言う返答が来た。
確かにいつも美月の弁当は大きいとは思ったが、まさか、毎回この量の弁当を食べていたのだろうか。
だとしたら、素直に驚きだが。
それにしても、一体全体、小さな体のどこに栄養がいってるんだ?
身長は小さいし胸は言わずもがな、絶壁。
暫く、人体の不思議について考えていたが、途中で考えるのも馬鹿らしくなって悠希は思考を放棄した。
物凄い勢いでハンバーガー、フライドポテト、それにチキンナゲットを平らげた美月が話題を振り始める。
「しおねっちは彼氏さんとかいないの?」
「いないわ」
「へえ~意外これまでいたこともないの?」
「ええ」
相変わらず、美月は色恋沙汰が好きらしい。
他人の恋愛事情などを気にする気持ちが悠希にはしれないが、クラスの女子なんかの話題も大体はやれ、彼氏ができただの、誰と誰が付き合ったなどが多いため、もしかしたら美月の方が高校生としては普通なのかもしれない。
「だってよ、悠希」
「はあ」
そこで話を振るのは辞めてほしい。
普通に反応に困る。
一緒に暮らしている以上、喜んだら汐音を狙っているようで警戒されるだろうし、無反応でもせっかくの会話が途切れてしまう。
高速で思考を回した悠希ができたことと言えば、気のない返事をすることぐらいだった。
「悠希、反応が薄いよ、しおねっちだよ、天使様だよ、全男子が喜ぶ特大ニュースだよ」
「そうか」
もっと驚くところだよとでも言いたげな美月には悪いが既に知っていた情報なので悠希には驚きようがない。
それに彼氏がいるかいないか知ったところでその人と付き合えるかどうかは別問題と悠希が考えていることもある。
そう簡単に彼氏彼女の関係に皆が慣れるなら世の男女が恋愛に悩むことはないだろうと心の中で悠希は小さく呟いた。
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