第25話

因みに汐音はというと、恐らく図書館にいるだろう。

朝早くに鞄に大量の参考書を詰め込んでいるのを見たのでまず、間違いない。

汐音は土曜日、一緒に買いに行った携帯を持っているので、二人と鉢合わせになることもない。

一応、携帯に汐音から連絡が来ていないかを確認していると、目が覚めたらしい美月が元気よく跳ね起きた。


「昼ごはん、食べに行くぞ~」

先程まで寝ていたとは思えないほど、活力にあふれた声でそう言って勢いそのままに玄関の方に走っていく。


「二人とも遅いよ~」と先程飛び出していった美月が呼びかけてくる。

美月の中では外に食べに行くことが決定しているらしい。

別に悠希としてはこの場で昼食を済ませてしまっても構わなかったのだが、こういう時、美月を説得するのは面倒なので、素直に美月に従うことにした。


「ふんふふふふ~ん」

機嫌よさそうに鼻歌を歌う、美月の後ろを諒真と並んで歩く。

「いや~悠希のおかげでテスト何とかなりそうだ、助かったわ」

「ああ、そりゃよかったな」

テンション低く、悠希が言うと、諒真の整った顔がこちらに向けられ、不思議そうに首を傾げた。

「なんか、テンション低いな、悠希」

「隣にイケメンがいると、一緒に歩く罪悪感がな」

「また、俺のせいかよ」

「まあな」

「相変わらず理不尽だな」

そうは言いつつも諒真はどこか嬉しそうだった。


「何か伏見は嬉しそうだな」

「そりゃあ、久しぶりに悠希と遊べたからな」

「勉強だ、勉強、遊んではない」

「まあ、細かいことは良いだろ」

そう言って諒真は屈託のない笑みを浮かべた。

その笑みが自分に向けられているのを感じて、少しだけ気恥ずかしくなった悠希は視線を明後日の方向に逸らした。


先頭を歩く美月が選んだのは全国でも有名なハンバーガーチェーン店だった。

悠希と諒真に確認もせず、店内に入っていった美月を見て思わず声が漏れる。

「伏見、お前の彼女っていつもあんな感じか?」

「まあな、元気で可愛いだろ」

そう言い切る諒真の言葉に嘘は感じられない。

猪突猛進と言うか、やはり美月は悠希の母親に似ている。

なんというか、他人をぐいぐい引っ張っていく感じが特に。

悠希としては少し苦手なタイプ。

友人としてならまだしも、彼女としては悠希なら付き合いきれないだろう。


少し尊敬の念を交えた悠希の視線に気づくことなく店内に入っていった諒真を追って悠希も店内に入る。

店内はちょうど食事時と言うこともあってなかなか賑わっていた。

部活終わりの高校生に子づれの母親、仕事の昼休憩中と思しきスーツに身を包んだサラリーマン。

店内を軽く見渡した感じ、席は空いていない。

先に店に入った美月の姿を探すと、一足先に注文を始めたところだった。


既に食べたいものでも決まっていたのか、あっさり注文を済ませた、美月がこちらに来て、「先に席、探しとくね」とだけ言い残して、さっさと二階に上がっていった。

相変わらず慌ただしい美月を見送った後、素早く注文を頼んで美月の後を追う。

階段を上がって美月のいる場所を見つけた悠希は思わず固まった。

美月の横に見知った人物がいたからだ。

朝、図書館に行くと言っていた人物、柏木汐音が美月の隣にはいた。


「悠希、こっちこっち」

美月が立ち尽くす悠希に気づいて声を上げて両手を振る。

ただでさえ、狭い店内で大声で呼ばれて、悠希は美月がいるテーブルに行く以外の選択肢を失った。

美月と汐音がいる席に向かうと何故か美月が汐音のことを紹介してくる。

「私の友達のしおねっちだよ、席が空いてないから相席してもらうことにしちゃった」

しおねっち?

汐音は美月に変なあだ名をつけられているらしい。

美月にあだ名で呼ばれて、少し照れ臭そうに汐音が美月を咎める。

「雪平さん、私のことをしおねっちと呼ぶのは辞めてほしいのだけど」

「もう、しおねっち、私のことは美月でいいって」

汐音の要求も美月には全く効果がないようで、汐音は諦めたようにハアっと一つ息を吐いた。


「じゃあ、悠希はこっちの席ね」

そう言って美月が汐音の隣の席を指さす。

「雪平、お前がそっちに座れよ」

遠回しに拒否の意思を示すが、美月は全く取り合ってくれない。

「私、食事の時は諒真の隣が良いから」

それだけ言って美月はさっさと汐音の前の席に座ってしまった。

こうなると美月の説得は難しいので、悠希は渋々、汐音の隣に腰を下ろした。


気まずさを紛らわすために、頼んだ炭酸ジュースを飲んでいると、美月が場を盛り上げようとでも思ったのか話を振ってくる。


「二人はクラスメイトだけど喋るのは初めて?」

「ええ」と汐音が返事をすると申し訳なさそうに美月が汐音に謝る。

「ごめんね、悠希ったらちょっと他人に興味がなくて」

「ええ、知っているわ、いつも教室で本を読んでるもの……それに初対面の時、名前を間違われたし」

隣にいる悠希にしか聞こえない声で最後に汐音はそう付け足した。

どうやら、初対面の時、名前を間違われたのを今でも根に持っているらしい。

あれは悠希も申し訳ないと思っているので出来れば早く水に流してほしいのだが。


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