第15話

時間の関係か、今日はそれほど手の込んだ料理は作れなかったらしく、料理は一品だけのようだ。

机の上に置かれているどんぶりを覗き込むと、そこには肉うどんがあった。

立ち上る湯気からは肉汁と玉ねぎが程よく絡み合った良い匂いが漂う。

「今日も美味そうだ」

素直な感想を漏らすと、汐音から「今日は手抜きだから」と素っ気ない返答が来た。

席について肉うどんを口に運ぶとやはり美味かった。

普通に店に出してもいいレベルの代物、これで手抜きだとするとほとんどのうどん屋が店をしまわなくてはならなくなるなと悠希が思うほどには。

一応、「美味い」とだけ伝えると、ほんのり汐音の表情が和らぐのが分かった。



「今日、図書室で何の勉強してたんだ」

「授業の予習をしていただけよ」

「勉強好きなのか」

「別に好きではないわ、ただ、いい大学に行くには勉強する必要がある、それだけよ」

汐音は二年以上先の大学受験について既に考えているらしい。

「矢城君は受験について何か考えていないのかしら」

「俺は別に、行きたいと思うような大学も今はないしな、柏木はどこの大学を目指してるんだ」

「皇京大学よ」

皇京大学と言えば、国立最難関の大学で、国で知らない人などいないだろう。

入学できれば、大手企業に間違いなく就職できるという話を聞いたことがある。

毎日ほとんどさぼることなく勉強しているようだし、こういう努力家な人が最終的に合格をつかみ取るのだろう。

そう思いながら将来を真剣に考えている汐音と違って将来のことを何も考えていないことに悠希は気づいた。

夕食を食べ終わる頃にはそのこともすっかり忘れていたが。


夕食後、やることもなく寝室に向かった悠希は弁当箱を出し忘れていることに気づいて、再びリビングに向かった。

汐音の姿を探すと、何やら、お菓子やカップ麺がしまってある収納棚の前でじっと何かを見つめているのが目に入った。

「何見てるんだ?」

悠希が後ろから声をかけると、「ひゃう‼」と可愛らしい悲鳴が上がった。

どうやら悠希のことに全く気付いていなかったらしい。

何を見ていたのかを確認しようと棚を後ろから覗き込もうとしたところで、汐音が収納棚の扉をスライドして閉めた。


普段出さない、高い声を出してしまったことに羞恥を感じたのか、「コホン」と小さく咳ばらいを汐音が挟む。

「驚かさないでくれるかしら」

「すまん、弁当箱、出し忘れたことに気づいてな、これ、美味かった、ありがとな」

短く弁当の感想と感謝の言葉を汐音に伝えると、そっぽを向いた汐音から「別にこの家に住ませてもらうためだから」とこれまた素っ気ない返答が来た。

どうやら、まだ、感謝されることには慣れていないらしく、耳が少し赤らんでいる。


「照れてるのか?」

悠希の質問に汐音はさらに顔を背け、「そうだけど、悪いかしら」とだけ言って、ソファの方に歩いて行った。

どうやら汐音を拗ねさせてしまったらしい。


弁当箱を流し台に置いた後、何かお菓子を食べようと収納棚を開けると、先程汐音が見ていた高さに昨日買った苺チョコがあった。

どうやら汐音は苺チョコを食べたいが食べられないという葛藤と戦っていたらしい。

棚からチョコを取り出し、汐音が座るソファに向かうと、汐音はソファ備え付きの小さいクッションを胸に抱いて体操座りをしていた。

まだ、拗ねているのか照れているのか、悠希が隣に座ると汐音は顔を逸らした。

と思ったら、眼だけはちらちらと器用にこちらに向けている。


汐音の視線の先は悠希が持つ苺チョコ。

よっぽど苺チョコを食べたいのか、必死にそっぽを向こうとしているがそれすらできていない。

苺のチョコを汐音の前で左右に動かすと、汐音のぱっちり開かれた漆黒の瞳がチョコを追従して左右に動く。

時々、思い出したかのようにそっぽを向くがすぐに視線は苺チョコに戻ってくる。


汐音の行動が面白くて、クスリと悠希は笑みを浮かべた。

それを見た汐音がぱちくりと目を瞬いた。

「どうかしたか?」

「いえ、矢城君ってそんな風に笑うんだと思って」

悠希はそれほど感情をあらわにするタイプではない。

そんな悠希の笑顔を見て、汐音は驚いたらしい。

まじまじと汐音に見つめられて、今度は悠希が顔を逸らした。


他人に興味がないとは言え、整いすぎた汐音の美貌は目の保養どころか目に毒だった。

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