第13話
トイレから戻ってくると、悠希の狙い通り、諒真と美月の話題は別のものに変わっていた。
聞いていると、夏休みの話をしているらしい。
「諒真、今年の夏休みの予定は?」
「夏の大会次第だな、甲子園まで進めたら、8月までは忙しい感じ」
「え~夏休み遊べないじゃん、試合の応援には行くけど」
少し不機嫌になった美月を膝上に乗せ、なだめかすように諒真が美月の頭を撫でる。
学年の中でもバカップルとして有名な二人の仲はいまだに健在らしい。
見たくもないイチャイチャを見せられながら、悠希は汐音の作った弁当を口に運んだ。
汐音の料理は相変わらず美味かったが、二人のいちゃいちゃする姿を見たせいか、甘い味がした気がした。
昼食後、いちゃつく二人の側で本を読んでいた悠希に諒真が久しぶりに声をかけてきた。
ようやく、彼女とのいちゃつきに満足したらしい。
「悠希、今度お前の家に行っていいか?もちろん美月と一緒に」
「断る」
諒真からの質問に悠希は即答した。
「何でよ、別にいいじゃん」
悠希の返答に不服そうに美月も諒真の援護に回った。
「お前らいちゃつくから嫌だ」
端的に悠希が理由を告げると、二人が同じように口を尖らせた。
「「ぶーぶー」」
「悠希も彼女作れよ、そしたら分かるって」
諒真と美月が見つめあって「「ねーー」」と頷きあった。
「別に俺はいい」
「もったいないな~、ちゃんとすれば悠希ももてるのに」
「だな、まずは目元まで隠れるくらい伸びた髪を何とかすればなあ」
そう言って髪を触ろうとする二人からの攻撃を悠希はひらりとかわした。
実際、悠希は彼女が欲しいとは思っていない。
諒真と美月の関係性を見て、羨ましくないわけではない。
実際、楽しそうに過ごしている二人は幸せそうなのだ。
ただ、悠希には一緒に時間を過ごしたいと思う人もいなければ、そもそも他人にあまり興味がなかった。
子供の時は他人に興味があったかと言われるとそうでもないように思える。
子供の時こそ、一緒に遊ぶ友達は多くいれど、それでも、一人で本を読んだりすることが好きだった。
恐らく、生まれた時からこういう性格なのだと悠希は思う。
そんなことを考えていると授業開始、十分前を知らせるチャイムが聞こえてきて、昼休みは終わりを告げた。
午後の授業が終わり、高校の図書室に向かう。
月曜日は悠希が良く足を運ぶ図書館が休館日なためだ。
他の高校と比べても、海皇高校の蔵書数は多い。
毎月、生徒が希望する本を取り寄せるイベントなどを行っているためだろう。
本の数自体は多いものの、普段の利用者数はそこまで多くない。
テスト一週間前ほどになると、満席になるのだが。
普段、図書館を利用する時によく座る、奥の席に向かう途中、悠希は珍しい人物を見つけた。
わが校の天使様、柏木汐音だ。
机の上には学校指定の参考書を広げている。
どうやら、勉強しているらしい。
汐音の話ではテストは一か月後と言うことなので、そのために勉強しているのかもしれない。
集中しているらしい汐音を無視して悠希は普段の定位置に腰を下ろした。
当然、話しかけたりはしない。
学校で話しかけるなと言われたわけではないが、特に用もないのに、話しかけるのも変だろうという悠希なりの配慮だ。
一緒に生活しているとはいえ、汐音はあくまで他人。
学校でも深く関わるつもりは悠希にはない。
学校の図書館が閉まる19時を知らせるチャイムが聞こえてきたところで、悠希は顔を上げた。
どうやら本に集中していたらしい。
いつもなら、18時30分程に一度集中が途切れるのだが。
手早く机の本を鞄に入れて、図書館を後にする途中、汐音がいた席を見たが、既に汐音の姿はなかった。
寄り道することなく十五分程歩くと、悠希が住むマンションに到着する。
エレベーターで七階まで上がると、悠希の家のドアの前にうずくまっている人影が見えた。
わが校で天使様ともてはやされる柏木汐音だ。
汐音の前まで行くと汐音が足音に気づいたらしく顔を上げた。
その表情はどことなく恨めし気だ。
「遅いのだけど」
開口早々恨み言を言われた。
「すまん、柏木がいるのを忘れてた」
素直に謝ると、汐音にじっと睨みつけられた。
悠希が気まずくなって視線を逸らすと、諦めたように汐音は息を吐いた。
「もう、いいわ、早く開けてくれるかしら」
クシュンと可愛らしいくしゃみをした後、汐音が立ち上がって軽く、座ってついた埃を落とす。
思ったより長時間、悠希を待っていたのかもしれない。
「先に風呂入っていいぞ」
また、風邪を引かれても困る。
悠希がカギを開けながら、言うと、「ありがたく、そうさせてもらうわ」と汐音から返答が来た。
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