第11話

しばらくすると、本来の目的であったはずの、スーパーに悠希と汐音は到着した。

時刻は二十時を過ぎていて、店内の客の数はまばらだった。

店内を軽く見渡しても海皇高校の生徒らしき人物は見当たらない。

汐音と二人きりでいるところを見られると面倒なことになるという悠希の心配はどうやら無用だったようだ。

買い物カートにカゴを入れて、汐音の後に続く。

後ろ姿だけ見てもやはり汐音は美少女だった。

歩く姿は気品があって、そこにいるだけで周囲の視線を集めるオーラもある。

実際、買い物に来ていた客の数人は汐音に視線がくぎ付けになっていた。


まさか、学校の天使様と一緒に買い物に行く日が来るとは思わなかった。

汐音の後ろ姿を眺めながら、悠希はふと思った。

正直、悠希は汐音にかかわるまで、名前すらうろ覚えで天使様と周りが騒ぎ立てるのにも全く関心を持っていなかった。

どうせ関わることはないと本気で思っていたからだ。


心の中で、勉強もスポーツもそつなくこなし、容姿も整っている汐音をどこか人間離れした存在として扱っていた。

でも、違った。

雨に濡れれば、風邪をひくし、作ってくれた料理に感謝しただけで、涙を浮かべ、時間があれば、机に向かう普通の女の子。

汐音と関わった事で彼女への評価は悠希の中で次第に変化していた。


てきぱきと食材をかごに入れていく汐音を見ていると、ふと、目が合った。

「何かしら」

「いや、俺と柏木が付き合ってるみたいだと思ってな」

「そんなわけないでしょう」

「まあな」

そこで二人の会話は途切れた。


炭酸ジュースを買うために一度、汐音と放れた悠希が汐音のもとに向かうと、何かを見ている汐音が目に入った。

同級生でもいるのかと警戒して汐音の視線の先を追うと、お菓子コーナーがそこにはあった。

お菓子を見ては逸らし、見ては逸らしを繰り返している汐音の様子はお菓子を欲しがる子供に見える。

「欲しいものでもあるのか?」

悠希が声をかけると、はっと息をのんで、汐音が慌ててお菓子から目を逸らした。

「別に何でもないわ」

「料理を作ってくれたお礼に一つくらい買ってやるぞ」

「あれは、家に住ませてもらう条件だから……」

なかなか、律儀な性格をしているらしい。

やり取りが面倒になった悠希は「そうか」とだけ呟いて、汐音が先程まで食い入るように見つめていた苺チョコをかごに入れた。

「あっ……」

小さな呟きが汐音から漏れた。

「俺が食べたいだけだ」

そう言うと、汐音は「そう……」とだけ言って、シュンと気落ちしたように瞳を伏せた。

いじらしい汐音の姿に悠希は胸がほんのり高鳴るのを感じて、軽く頭をかく。

「一人じゃ食べきれないだろうから、いらなくなったら柏木にやる」

素っ気なく悠希が言うと、意図を理解した汐音が影の落ちていた顔を上げて、大きく頷いた。

「矢城君」

「何だ?」

「ありがとう」

フッと汐音が笑みを浮かべたのが横目で分かった。

「別にいい」

汐音の笑顔を見たらどうなるかは既に経験済みなので、悠希は汐音の顔を見ないようにして、再びすげなく返事を返した。


買い物から帰宅後、汐音が作ったのはカレーだった。

しかも、カレーのルーすら使わない、かなり本格的なものだ。

スパイスが良い塩梅に効いた汐音の手作り本場カレーは長らくレトルトカレーしか食べていなかった悠希の舌を唸らせるには十分すぎる程美味しかった。


日曜を挟んで月曜日。

8時に起床した悠希がソファから、身体を持ち上げると、リビングの机にはラップのかけられた目玉焼きとみじん切りにされたキャベツがあった。

恐らく汐音が作ったのだろう。

机上には何やら紙が置いてあるのは気づいて、悠希はそれを手に取った。


矢城君へ


おはようございます。

朝食作ってあるので食べてください。

机に置いてある目玉焼きと白米、それに味噌汁もあります。

あと、お昼の弁当も一応作っておきました。

いらなかったら置いておいてください。

後で私が食べるので。


柏木より


可愛らしい文字で紙の中にはそう書いてあった。

確かに手紙の通り、机の上には長らく棚に封印されていた弁当のバッグが置いてあった。

昨日、弁当箱と保冷バッグの位置を聞いてきたのは、このためだったらしい。

白米と味噌汁を皿によそぎ、朝食を手早く済ませた悠希は汐音が朝から用意してくれた弁当をありがたく鞄に入れて家を出た。

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