第10話

店内の女性に睨まれているような過去一空気の悪い空間を汐音につられて歩く。

視線は当然上を向いて、下着を見ないようにする。


しばらく店内を歩くと汐音がようやく立ち止まった。

店内の様子を見ないようにと必死に上を向く悠希の姿を捉えて、汐音がおかしそうに笑う。

「ふっ、フフフ、矢城君何してるのかしら?」

汐音にバカにされている気がして悠希は少しだけムッとなった。

「別に……今は上を見たい気分なんだ」

「ちょっと、マスクをした状態で話さないでくれるかしら、ふ、フフフ、笑いが止まらなくなっちゃうから」

よく、分からないが汐音のツボにはまったらしい。

汐音がどんな風に笑うのか少しだけ気になって視線を下ろすことにした悠希だったが、視線を下げた時には汐音の笑いはすっかり収まっていた。


「矢城君、これどっちがいいかしら}

そう言って汐音が悠希の前に掲げたのはピンクと水色のブラジャーだった。

二つのブラジャーにはタグが付いていて大文字でEと書かれているのが悠希にもはっきり見えた。

汐音はどうやらEカップらしい。

「でかいな」

思わず感想が漏れた。

一瞬、意味が分からないように首を傾げかけた汐音だったが、悠希が見ているものを理解した途端、蔑むような視線を悠希に向けた。

「矢城君の変態」


汐音の絶対零度の視線を浴びながら悠希は心の中で悪くないなと変なことを考えていた。

蔑まれて喜ぶなんてありえないと思っていたが、実は俺ってMなのかもしれないと悠希が本気で考え始めたところで汐音の声がかかり悠希は我に返った。

「それでどっちがいいと思うかしら」

「なんで、俺に聞くんだ?」

「お金を出すのが、矢城君だからよ、どんな物を買うのか資金提供者が把握しておくのがこの社会での決まりでしょう」

そうなのだろうか?

少なくとも、母親は父親が稼いだお金でこっそりいろいろな物を買っていたが。

下着とは全く別のことを考えていると、悠希が迷っていると勘違いした汐音が「ちょっと着てみるからそこで待っててくれるかしら」

と言うだけ言って目の前にある試着室に入っていった。

サイズがきちんとあうかでも確認するのだろう。

そう思って、悠希は試着室に入る汐音を見送った。

ぱさっ、ぱさっと布がすれる音がした後、汐音がカーテンの隙間から顔だけ覗かせて、「ちょっと来てくれるかしら」と悠希に呼びかける。


試着室の前で男一人で待たされて、いよいよ他の女性の目が気になりだした悠希は汐音の言葉に珍しく素直に従うことにした。

悠希が試着室の前に立ったのを確認すると、汐音が誰か近くにいないか確認するように首を一度振ってたあと、カーテンを開いた。

試着室の内には水色の下着だけをまとった汐音がいた。

Eカップのブラでは収まらないとでも言いたげに自己主張する胸、白くきめ細やかな肌、くびれのある腰、すらりと伸びた両脚それらを惜しみなくさらした美少女がそこにいた。

「エロいな」

悠希の口から率直な感想が漏れた。

悠希がまじまじと汐音の身体を眺めるが、汐音は大人しく悠希の視線にさらされ続けている。

羞恥の感情はあるらしく、汐音の耳が分かりやすく真っ赤に染まっている。

「恥ずかしいがってるのに、なんで、わざわざ俺に下着姿を見せるんだ?」

「別に恥ずかしがってなんかないわよ」

強気にそう返す汐音だが、耳から赤みが広がり、顔まで朱に染まっている。

「そうか」

どう見ても恥ずかしがっているが、本人の言葉を信じれば恥ずかしがっていないらしい。

同級生、それも天使様の下着姿などそうそう拝めるものでもない。

もしかしたら、今日が最後かもしれない。

そう思うと見るのを止めるのも、もったいない気がして、悠希は汐音の下着姿をじっと見続けることにした。

脳に汐音の下着姿を永久に保存するために。


数秒後、音を上げたのは当然、汐音の方だった。


ランジェリーショップを出た汐音の手にはショップのロゴが入った袋があった。

結局、悠希は汐音が選んだ、二つの下着を両方買う羽目になった。

やはりと言うか、汐音の下着姿は無料ではなかったらしい。

汐音の下着姿を一分程眺め続けたことで、悠希の諭吉は綺麗に一枚姿を消した。

一万円と言うお金を失ったが、汐音の下着姿を脳のメモリに焼き付けたことで、悠希に後悔はなかったが。


隣を歩く汐音の機嫌はよさそうで鼻歌が聞こえてくる。

「機嫌がいいな」

「この店の下着ずっと欲しいと思ってたのよ」

その下着のために同級生である悠希に下着姿を見せるという大きな代償を払ったのだが、本人はそこまで気にしていないようだ。

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