第2話
数十分後、二人は一つのマンションの前にいた。
十五階建てのマンションの七階、710号室。
悠希が住むマンションの間取りは1LDK。
部屋に向かう途中のエレベーターで汐音がぽつりと呟く。
「矢城君ってお金持ちだったのね」
「親が金持ちなだけだ」
事実、このマンションも悠希本人が決めたわけじゃない。
心配性の母親が息子の初めての一人暮らしだからとセキュリティが整いかつ、高校に近い、この物件を選んだのだ。
悠希としては独り暮らしができればそれでよかったのだが、お金を出すのは両親なので文句を言えるわけもなく、あっさりこの物件に決まってしまった。
七階でエレベーターを降りて、部屋の鍵を開ける。
扉を開く前まで瞳を輝かせていた汐音だったが、部屋の中の惨状を見た瞬間、一気にテンションを落とした。
広々としていたはずのリビングや寝室には衣服や本、紙などが散らばり、足の踏み場もないからだろう。
「矢城君、あなたに独り暮らしは早かったんじゃないかしら」
「奇遇だな、俺も少しだけそう思い始めていたところだ」
「少し?」
部屋の惨状を見た、汐音がかわいそうな者でも見るような目で悠希を見てくる。
それを無視して、汐音に手早く、部屋を案内する。
一通り、案内が終わった後、悠希はリビングにあるソファに寝転がり、図書館で借りた本を読み始めた。
汐音は早速、部屋の整理整頓を開始したらしい。
大きなゴミ袋をもって寝室の方に行ったのが見えたから、間違いないだろう。
それから、一時間ほど本を読んで、一区切りついた悠希が顔を上げると、日はだいぶ沈み始めていた。
寝室の方に足を運ぶと、だいぶ片付けが進んでいたようで、足の踏み場が見えるようになっていた。
悠希が部屋に入ると汐音がそれに気づいたらしく、すぐに苦言を呈される。
「矢城君、少しぐらい片付けはした方がいいわよ、こんな汚い部屋初めて見たわ」
「あー、まあ、善処することにする」
汐音からジト目が飛んできたのを無視して、部屋に入ってきた要件を告げる。
「夕食なんだが、とりあえず、スーパーの弁当でいいか、食材はないし、食材を買ってから作るとなると結構時間がかかるだろう」
「私はいいけど、お金の方は大丈夫なのかしら?食材を買って作った方が食費は浮くわよ」
「お金のことなら心配ない」
「それならお願いするわ」
「了解した、じゃあ希望を言ってくれ、売り切れてなかったらそれを買ってくる」
「唐揚げ弁当でお願い」
「了解」
汐音の返答を聞いた悠希が部屋を後にしようとした時、クシュンッと可愛らしいくしゃみが聞こえた。
「柏木さんは買い物に行っている間に風呂に入っててくれ」
返事を待たずにそう言い残して、悠希は買い物に出かけて行った。
買い物から帰ってくると、汐音の姿は部屋には見えなかった。
どうやら、まだ、風呂に入っているらしい。
女性の風呂は男性より長いものですと母親も言っていたし、女性は何かと風呂でやることがあるんだろう。
そう結論付けて、買ってきた弁当に目を移す。
一緒に食べる必要はないだろうし、先に食べ始めよう。
汐音も今日、始めて話すクラスメイトと一緒に食事をとるのは良しとしないだろう。
珍しく、気を利かせて、弁当に舌鼓を打つ。
今日の夕飯はかつ丼。
それにお供の春雨スープ(かきたま)。
レンジで温めたかつ丼を食べていると、汐音が風呂から上がってきた。
髪には水分を含み、肌は風呂に入った影響か火照っていて、いつもと違う印象を悠希に与える。
「ずいぶん、煽情的な格好だな」
悠希の言葉を受けた汐音は白い肌を赤く染め上げた。
「仕方ないでしょう、着る服がないんだから」
キッと汐音が睨みつけてくる。
悠希の言う通り汐音の姿はバスタオルを巻いただけのずいぶん煽情的な姿だった。
水分を含んだバスタオルは汐音の体にぴったりと張り付き、汐音の体の凹凸を悠希に鮮明に伝える。
風呂に長時間使ったためか、羞恥からか肌はほんのり赤く色づき、男を引き付ける色気があった。
今まで、特に関心を引かなかった悠希が軽く見惚れるくらいには汐音の風呂上り姿は危険だった。
「学校のジャージでいいか」
「肌が隠れるならこの際なんでもいいわ」
「とってくる」
と短く呟いて悠希は一度、寝室に向かう。
クローゼットにしまってあったジャージを取って汐音に手渡す。
着替えるために浴室の方に向かった汐音を見送って残ったかつ丼を悠希はかき込んだ。
ちょうど悠希が食べ終わるとほぼ同時に、悠希のジャージを身に着けた汐音がリビングにやってくる。
悠希のジャージは汐音には少し大きかったらしく、服の裾は余ってぶかぶかだった。
それでも、汐音には似合っていて、美少女にはなんでも似合うってのは本当なんだなと悠希は思った。
食事を食べ終えた悠希はソファに腰を下ろして本の続きを読もうとしたところで、「速く風呂に入らないとガス代がもったいないわ」
と汐音に言われ、風呂に入ることにした。
風呂に入る前にお手洗いを済ませた悠希が洗面台に向かうと、洗濯機の前に汐音がいた。
「何やってるんだ?」
「矢城君が私の下着と制服に欲情しないように見えないところに置いておこうと思っただけよ」
「そうか、それはいいけど、下を見ろ、下を」
「下?」
汐音が不思議そうに下をみて、固まる。
汐音の足元に黒い下着、パンツが落ちていた。
しかも完全に開いた状態で。
「黒か、似合ってると思うぞ」
「み、みるな~‼」
ボンッと顔から湯気を噴き出すように顔を赤く染めた汐音が下着を慌てて拾い上げ、悠希が入ってきたのとは別のドアから勢いよく出ていった。
さて、邪魔者もいなくなったし風呂に入るかと服を脱いで、洗濯機にそのまま放り込もうとした時、悠希は気づいた。
洗濯機に汐音のブラジャーがかかっていることに。
「結局、あいつは何しに来たんだ?」
汐音のブラのことは完全に無視することにして悠希は風呂に入った。
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