にせの海
中枢
1
物心ついた時から、潮の香りは、そこらに満ちていた。
ざあ、ざあっと寄せては返し、また砂を食んで寄せる波を、日が落ちるまで眺めていたこともある。
黒い木枠の中の青空、曇ったガラスの宝玉、ひび割れた花瓶に赤い花。
優しい声などない、ひとり。
安らかな死をただ願って、私はそこにいた。
数年前、越してきたのは、海沿いにぽつんと建つ木造の家だった。
軋む扉と、ざらざらした窓ガラスと、埃っぽい床に、私はむしろ心地良さを覚えた。
家族はいない。友人もいない。まさに天涯孤独。
そういう私に相応しいと思った。
何より、海が見える。底知れぬ青を、窓辺で。
私は海が好きだ。時にすべてを飲み込む恐ろしさをはらんだ、人間なぞ意にも介さぬ海が。
本当に好きだった。
にせの海 中枢 @shirochan4607
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