第15話「その名はアポロ!(その2)」
濡れた手をハンカチで拭いながら去ろうとした矢先、蓮汰郎の道を遮ったのはオデュセウス号の男子生徒達。
制服の腕章は学年によって異なる。軽い説明を受けていた蓮汰郎は目の前にいる生徒達が二学年であることに気づく。
「えっと、噂の男子プラウダー……?」
蓮汰郎はハンカチを手にしたまま固まっている。
(え!? 僕って今そんなに有名人なのッ!? 負けちゃったのに!? そんなにニュースになっているなんて……いやぁああ~~~、照れるなぁああ~~~!)
内心ではやっぱり舞い上がっていた。どうやら例の模擬戦のニュースはこのオデュセウス号の全体に轟いていたようである。
気が付けば新聞の一面を飾るニューヒーロー! 心の奥底で蓮汰郎はガッツポーズを繰り返していた!
「ぼ、僕は海東蓮汰郎って名前で。その例の男子プラウダーからは分かりませんけど」
「海東蓮汰郎……あぁ、なんだそっちの方か」
ところが、一瞬だが空気がどよめく。
(ん? そっちの方?)
その言葉、そして男子生徒のリアクション。見るからに人違いであることがわかる。蓮汰郎の背中に妙な寒気が回った。
「まっいいか。そっちだろうと同じだ」
何か妥協されたような気がする。
正直複雑な気分ではあった。しかし蓮汰郎はそれに受けの姿勢を取る。元々勘違いしたのは自身であるのだから。
「よぉ、海東とやら。お前よぉ」
近づいてくる男子生徒の一人が彼の耳元で呟いた。
「今の男女の社会情勢をどう思うよ?」
「……っ!!」
蓮汰郎の表情が曇った。また、その表情に血の管が浮き出ていた。
「今のこの時代。男は完全に女の添え物だ」
始まる。それは蓮汰郎が最も嫌うモノ……!
「魔法文明に一番適している肉体を持っているのが女性。魔法を一番うまく扱える女性が贔屓される時代さ。おかげで俺達男性は能力の有無に関係なく劣等種扱いさ」
まただ……また、あの空気だ……!
「力が有ろうとなかろうと女どもは自分を神であるかのように俺達を見下しやがる。貴族にでもなったつもりかって言いたくもなるよなぁ……よぉ。お前も正直ウザイって思わねぇか? 『勘違いすんなよ』って言いたくもなるだろ? 理不尽な世の中になったもんだと思うよなぁ~?」
亀裂。殺気。情操。嫉妬。
ありとあらゆる負の感情が撒き乱れる息苦しいあの空気が再びこの空間に漂い始めている……!!
「……分からせてやる必要があると思わねぇか? 俺達男を舐めんなってさ」
それは会話の最初の流れからして直ぐに読み取れる結末だった。
それは戦争の誘い。彼等にとっては聖戦とも言える戦いへの勧誘であったのだ……!
「力を貸してくれよ。プラウダー、しかも神人との交約者ともなれば鬼に金棒だ。俺達の力をあの馬鹿どもに見せつけて、」
「お断りします」
最初は何も言わずに逃げた。だが二度目の蓮汰郎は逃げなかった。
二度目となれば……意思表示をしなければ、この連鎖は続く。
“身勝手な聖戦”に参加する意思はない事を表明しなければ永遠に勧誘は続く。
「僕はこの力で争いをするつもりはありません」
だからこそ、蓮汰郎は男子生徒達に背いた態度を取ったのだ!
「ハァ? おいおいおい! そんな力を身に着けて学園に来たって言うのに、戦う気も競い合う気もないってのはどういうことだッ!?」
「戦うつもりはありますッ! でも僕はっ!」
迫り寄った男子生徒から距離を取り、ナイフのように尖らせた瞳を向けた蓮汰郎の咆哮。
「罪のない人間を傷つけるためにこの力を使う気はありません! 今の社会情勢がどうだからとか、そんな理由を正義の名のもとに振りかざして牙を向けるなんて……貴方達のやっている事、貴方達の言う勘違してる人達がやってることと何ら変わってないって分からないんですかッ!!」
まるで魔女狩りかのように。その理不尽を女という性別全てに向けている。それでは向こうがやっていることと何も変わらない。
そんなの聖戦でも何でもない。ただのテロだと叫弾したのである。
「……協力する気はねぇってか? だったら、」
男子生徒達は一斉に拳を鳴らし、肩を回し始めた。
「力ずくでやるつもりですか。模擬戦以外での暴力行為はやっちゃいけないって先生も言ってましたよね?」
「そんな校則あってないようなものだ。それにバレなきゃ問題ねぇんだよ……この学園は強ぇ奴が絶対正義だ。弱ぇ奴の言う事なんざ聞く耳持たずだよ」
学園には無差別な暴力は禁止されている。しかし、そんな校則はほとんどスルーされているのが現状だという。男と女、暴力と権力、この学園では身勝手な聖戦が放置され、絶対的な上下関係を生み続けている。
度が過ぎれば流石に教師の手が回ってくるが……そんなもの、やったという証拠がなければ何も怖くはない。
蓮汰郎は今、取り囲まれている。入り口の扉の先には別の男子生徒が出入りできないよう見張りも配置されている。
証拠を簡単に隠蔽出来る状況。完全に追い詰められている。
「どうだ? 痛い目に遭いたくなければ従えや。それも嫌だっていうなら」
更に壁へと追いやっていく。
「その力、俺にくれてもいいんだぜ?」
神族との交約。それは何も一度きりではない。
全てはアルカの判断だ。『コッチの方が都合がいい』『コッチの方が強い』と判断したのなら……一方的な理由で契約を解除し、鞍替えすることも可能である。
それは人間側も同じだ。その力が自分の身には重いと感じたのなら契約を破棄することも出来る。他のアルカと契約を交わし直す事も可能なのだ。
「さぁ、どうなんだよ?」
痛い目が嫌ならばどちらか選べと男は言った。
蓮汰郎にとっては都合が悪い。どちらも公平とはいいがたい一方的な理不尽な交渉を……!
「おい返事しろよ。まさかビビって言葉も出ないんじゃ」
『生憎だが』
蓮汰郎の肉体から言葉が飛び出す。それは口ではなく、体内から。
『貴様らみたいな有象無象のザコは願い下げだ!』
その生意気な声は紛れもなくアポロだ!!
「アポロッ!」
『分かってる! くらえッ!!』
瞬間! 蓮汰郎の背中から突然現れたアポロ! 光を放つ両掌を男子生徒達に向け、不敵な笑みを浮かべていたッ!
「「「ぐぁああああッ!?」」」
それは魔法だ! だが以前使ったような“敵を燃やすような魔法”なんかじゃない!
目くらましッ! 掌から放たれたのは視界が一瞬で奪われる輝きだった! 男子生徒達はその輝きに耐えきれず、目の痛みを訴えしゃがみ込んでしまう!
『蓮汰郎! 少しばかりお前のエナジーを使う!』
「いいよ! 好きに使って!」
一言蓮汰郎へ許しを得た後にアポロは入り口の扉に突っ込んでいく!
-----抜けた! すり抜けた!
男子生徒達の体をすり抜け、更には入り口の扉もすり抜ける!!
「「ぎゃぁあああ!?」」
直後、扉越しでも見える閃光! 扉の先にいた見張りの生徒達にも目くらまし!
「逃げるよ!」
これで隙は出来た! 蓮汰郎は男達を退け、トイレからの脱出に成功!
『本当ならブチのめして身の程を分からせてやりたいが……仕方ない』
全速力で教室へと逃げていく蓮汰郎の背中に飛びつくアポロ! 二人はサバンナをかけるチーターの如き俊足で男子生徒達の御挨拶から逃げ切ることに成功した……!
『ちょっとくらい痛い目合わせてもバチは当たらないと思うが?』
「何度も言わせないでよ」
蓮汰郎は不機嫌なまま回答した。
「僕はこの力で人に傷をつけたくない」
『呆れるような甘ちゃんだ。お前は』
「……なんとでも言ってよ」
ものの数分間の出来事。それはほんの一瞬の出来事であったが。蓮汰郎の純粋な心に深い傷を負わせるのには十分すぎる間ではあった。
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