しずくのブレスレット~ミャーコさんのワークショップ~

相内充希

しずくのブレスレット

 そうだ、ミャーコさんに会いに行こう!



 電車に揺られて懐かしい町へと向かいながら、音無つむぎは窓の外を流れる景色をじっと見つめた。


 紬がどうしても会いたくなったのは、小さい頃に住んでいたあさひ団地の一角にある、ティールームのミャーコさんだ。

 ティールームは団地の部屋をリノベーションしてできたお店で、お茶を飲んでゆっくりできるお店だ。でも紬にとってあのティールームは、みんなで色々なものを作ったワークショップの印象のほうが強い。


 月に数回、店主のミャーコさんを先生にして、季節や年齢に合った何かを作るお教室。

 紬はそれが大好きで、ミャーコさんのことも大好きだった。


 何せミャーコさんは大きな猫なのだ!


 大人の女の人くらい大きくて、二本足で立って、お話もしてくれるミャーコさん。ゆらっと揺れるしっぽもかわいい、もふもふの猫さん。もしかしたら紬にだけ猫に見えたのかもしれないけど、可愛いので全然問題なしという感じだ。


(まあ、小さい時の記憶だから、そう思い込んでただけかもしれないけど)


 紬があさひ団地に住んでいたのは小学校に入学する直前までで、今は二つ隣の県に住んでいる。四月からは高校生になる紬の記憶は、今住んでいる町のほうがメインなのに、ミャーコさんだけは特別なのだ。


「で、なんで藤田がついてきてるのよ」


 ボックス席の斜め前に座っている同級生に、紬はちらっと視線を向ける。


「いいじゃん、別に」


 ふふんと鼻を鳴らす藤田大翔ひろとに顔をしかめ、紬は窓の外に視線を戻した。たまたま電車が一緒だっただけなのはわかるけど、なぜ空いている車内で、わざわざ目の前に座るのか理解できない。


   ◆


 目的の駅で降りて南口から出ると、目の前にバスロータリーと古いショッピングモールが見える。十年ぶりなのに、自分がきちんとそれを覚えていたことに感動した。


「へえ、なんかレトロっていうの? こんな町だったんだ」

 後ろから聞こえる藤田の声に、紬は大きく息をついた。

「だからなんでいるの」

「音無と目的地が一緒だから?」

「はあ?」

 本気で唖然としている紬に、藤田はぷっと吹き出した。

「まだ分からないんだ」

「何をよ」

「音無、ミャーコさんティールームに行くんだろ?」


 ズバリ言われて目が丸くなる。


 それを知っているのは紬の両親だけだ。

 春休みに日帰りで旅行をしてみたい。そう言った紬に父は心配そうな顔をしたけれど、目的地を聞いて母は笑って了承してくれた。

 どうせ目的地までは快速で、乗り換えも一回。二時間もかからない距離。

 部活の試合ならもっと複雑な乗り換えもあったし、高校生になるんだからいいんじゃない? と。


 『ミャーコさんによろしくね』と手土産まで持たされてしまえば、紬の考えていることなど全てお見通しなのだろう。

 ずっと落ち込んでいた紬のことを、何も言わず見守ってくれていることに正直少し反発や不満もあったけど、そんなものはきれいさっぱりなくなってしまった。


 この小旅行は、新しい自分になるために儀式だ。

 むしろそんな気持ちでここに来た紬は、藤田の言葉にどう反応していいのかわからず、口をパクパクとしたまま言葉が出てこなくなった。


「そんなに驚くかな。音無って呼ぶからダメなのか? ムギちゃんならどう? この年でこの呼び方はハズいけど」

 幼稚園の頃の呼び方をされ、紬はまじまじと藤田を見つめる。


 彼とは小学校は別で、中学では二年三年で同じクラスだっただけ。そう思っていた相手に昔の愛称で呼ばれ、突如彼の顔がはっきり見えたような感覚になった。


「ひい……ちゃん?」

 眉根を寄せて恐る恐る口に出した名前に、藤田の表情かおがぱっと輝く。

「思い出した? おひさま幼稚園ひよこ組で一緒だったでしょ」

「うそ」

「嘘じゃありません。やっぱり忘れってたんだ。そうじゃないかと思ったんだよね」

 うんうんと納得したように頷く藤田は、唖然としたままの紬ににっこり笑った。


「音無のお母さんからうちの母親んところに連絡があって、どうせなら一緒に行って来いって放り出されたんだ」


 紬の母と藤田の母はずっと交流があったとか、たまたま最近彼がミャーコさんのことを家族で話したとか、道中色々教えてくれる。


「知らなかった」

(お母さんも教えてくれたっていいのに!)

 内心文句を言う紬に、藤田は「多分言ってたんじゃないかな?」などと言う。

「音無のお母さん、俺のことひろちゃんって言うけど」

「あっ」

 その呼び名なら母からたまに聞いていた。でも。

「てっきり遠くに住んでる女の子のことだと思ってた」


 もしかしたら母は、紬が小学生のころにしつこくちょっかいを出してきた男子に髪を切られて以来、今も男子が少し苦手なことに気を使って、あえてわからないように話していたのかもしれない。


 いつも男子とは一定の距離を保ってきた。必要最低限の会話はするけど、おしゃべりなんてとんでもない。そんな感じだ。

 話しても紬がツンツンするから、みんな離れる。

 藤田は割と穏やかな男子だから苦手ではなかったけど……。


「ま、そういうわけだから、仲良くいこう、ムギちゃん」

「う、うん。――でもその呼び方はやめて」

 幼馴染ではなく、つい昨日までクラスメイトだった男子だと思うとさすがにはずかしい。


   ◆


「あ、あそこじゃないか?」

 少しだけ迷って見えた先に、古い団地がある。

 団地と団地の間には、日当たり抜群の芝生広場。少しだけ遊具があるのを見て、紬と藤田は懐かしさに目を輝かせた。


「俺、あの木馬覚えてる。あ、ブランコの色が違う」

「本当だ。前は緑だったよね。赤にしたんだ。かわいい」


 とたんに昔に戻ったように会話の壁がなくなった二人は、そのまままっすぐティールームに向かった。スロープを駆け上がって、でも入り口前で二人ともちょっとだけためらう。

 看板が出てるからオープンしているはずだけど、フードコートやファストフードならともかく、こんなお店に中学生だけで入るのはためらわれたのだ。


 その時ドアが開いて、可愛いエプロンをつけた店員さんが顔を出した。


「いらっしゃいませ、どうぞ」


(ミャーコさんだ!)


 やっぱり紬には今も猫に見える。背は今の紬と同じくらい。どうぞと奥を指してくれる手には柔らかそうな肉球が見えるし、ゆらっと揺れるしっぽは細いけどモフモフだ。


(いやーん、ミャーコさん可愛い。抱き着きたい、モフりたい~)


 フルフルと震える紬の横で、藤田も同じような表情をしているのに気づく。目を輝かせて顔を見合わせる二人は、同時に深く頷いた。


 間違いない。二人ともミャーコさんが猫に見えている!



 挨拶をした後、一応の自己紹介と、二人でそれぞれ持たされた手土産をミャーコさんに渡すと、彼女はしっぽを揺らして喜んでくれた。十年ぶりだというのに紬たちのことも覚えてくれていたのだ。いや、事前に母が連絡してくれていたからだとしても、たぶん覚えてくれていたことが会話の端々から伝わってうれしくなる。


「二人ともランチはどっちがいい?」

 予約と書かれたテーブルに案内された二人は、それぞれ違うものを注文した。

 店の中はなかなか賑わっていて、懐かしさと、親同伴で来ているわけではない自分たちに、大人になったような妙なくすぐったさを感じた。それは目の前の藤田も同じらしく、秘密を共有するようにくすくすと笑い合う。


 食後にはワークショップが開催された。

 本当は予定の日ではないけれど、紬たちのために臨時に開いてくれたのだ。対象は十歳以上ということで、五人ほど女の子たちが集まった。男子一人で居心地悪くないかなと心配したものの、普段から女子とよく話している藤田は、むしろ紬よりも早く、あっさり場に馴染んでしまった。


「今日はしずくのブレスレットを作ります」


 ミャーコさんが肉球にのせて見せてくれたのは、ビーズとテグスでできたブレスレットだ。それを見て懐かしさで目を輝かせる紬に、ミャーコさんが目を細めた。

 ティールームには畳の小上りがあって、そこに絵本も置いてある。

 紬はそこにあった「花のネックレスと氷の腕輪」という絵本が大好きだった。

 二人の女の子が桜の木の精霊と水の神様から、それぞれネックレスと腕輪をもらう。最初は何も飾りがないそれは、いいことを集めると、ネックレスには花弁が、腕輪には氷の粒のようなきれいな石が増えていくのだ。

 ブレスレットはそれに似ていて、思わず胸が高鳴った。


「金具を変えると、バッグチャームにもなりますよ」


 そう言われ、大翔と高校生の女の子二人がチャームに変更した。

 作り方はすごく簡単だ。ビーズは色や大きさも様々だったけれど、紬は悩んだ末、やっぱり絵本で見たような透明のビーズを選んだ。つららから落ちたしずくのようなビーズをテグスに通すとき、紬は絵本の中の子のように

(世界のだれかが幸せでありますように)

 と心の中でつぶやく。

 ミャーコさんに教えてもらいながらゆっくり一つ一つビーズを通すたびに、何か心が軽くなる気がした。


 作業は簡単で、みんな追加料金を払って二つ三つと作っていく。

 材料費はワンセット数百円だから、お友達や家族にとどんどん作ってあげたくなるのだ。

「なんかいいことありそうだよね」

 女子高生の一人が、作ったチャームを日に透かすように持ち上げてにっこり笑い、紬たちも同意する。

 ワークショップが終わるころには、みんなでなんとなく連絡先を交換し、新しい友達ができてしまった。


  ◆


「不安、消えた?」

 帰りの電車で藤田からそんなことを聞かれ、紬は「うん」と頷く。


 ずっと行きたかった女子高に落ち、少し遠い共学に行くことが決まったとき、高校であの髪切り男子を見つけて激しく動揺した。しかも嬉しそうに声を掛けられ、入学を辞退したいくらいだったのだ。


「これもあるし、ミャーコさんにハグもしてもらったし、もう大丈夫」


 ニコッと笑う紬に、彼もホッとしたように笑い返してくれる。

 そして思い出したように、藤田も同じ高校だからと言われ笑ってしまった。


「落ち込んだらまたミャーコさんに会いに行けばいいよ。また付き合うし」

「そうだね」

 うん。そうしよう。

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しずくのブレスレット~ミャーコさんのワークショップ~ 相内充希 @mituki_aiuchi

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