回復の兆し

私の専属執事となったルイは、私の生活を徐々に変えていきました。


婚約破棄をされて以降、薬を飲む以外はベッドで横になっているだけで一日が過ぎていたのですが、ルイは頻繁に私をテラスや庭園に連れ出しました。


「お嬢様、今日は天気が良いのでテラスでお茶にしましょう」


私は相変わらず食事がほとんど摂れない状態で、お茶でお腹を満たしていました、


「そうね……」


外の空気を吸うと、少し気分が晴れます。やっぱり、ずっと引きこもっていてはダメよね。


「今日の紅茶は特別なんですよ。私がブレンドいたしました」


ルイは紅茶を淹れながら、私に柔らかく微笑んでくれています。お日様みたいに笑うのね。


「そうなの。……爽やかで、ほのかな酸味が美味しいわ。それに少し甘い」


普段紅茶を飲むときはストレートで飲んでいるけれど、甘いのも悪くないのね。


「蜂蜜が少々入っています。このブレンドティーはビタミンも豊富ですから、今のお嬢様に最適かと」


美味しい紅茶と暖かい日差しが、私に元気を与えてくれる気がします。頭の中の重たいモヤモヤが軽くなっていくようです。


「ありがとう」


そう言うと同時に、私のお腹がぐぅ、と音を立てました。


「お嬢様、リゾットのご用意もございます。よろしければ召し上がってください」


ルイの笑いを含んだ声で頬が赤く染まりました。なにもこんな大きな音で鳴らなくても良いのに……恥ずかしくてどうにかなりそう!





ルイの持ってきてくれたリゾットは本当に美味しくて、あっという間に食べてしまいました。食事が美味しいと思えたのは何日ぶりでしょう。


「ご馳走様、美味しかったわ。食べないかもしれないのに用意してくれたのね。ありがとう」


「料理長がいつも持っていくように言うのですよ。皆、お嬢様のことを思っていますから。……少し散歩しましょうか」


ルイに促されるように部屋の外に出ると、すれ違う使用人たちが私に声をかけてくれます。


「お嬢様、お加減はいかがですか?」

「ごきげんよう、お嬢様。顔色が良くなりましたね」

「散策ですか?庭先に咲いているゼラニウムが見頃ですよ」


皆、幼い頃から私の世話をしてくれている人たちです。私のことを本当に心配してくれているのね。

皆の温かい気持ちで胸がいっぱいになりました。



庭園をゆっくり歩きながら、自分の気持ちの変化を振り返りました。


「私、少し前まで婚約破棄のことが申し訳なくて、皆に心配をかけているのも心苦しかったの。だけど、今は心配してくれているみんなの気持ちが嬉しい。私、お父様や屋敷の皆に愛されているのね」


私の呟いた言葉に嬉しそうに頷いたルイは、少し考えこんで私の顔を覗き込みました。


「屋敷の皆、の中には私も含まれていますか?」


「え?えぇ、もちろんです。ふふっ、私はルイのおかげで元気になれたんです」


ルイの真剣な表情か面白くて、笑ってしまいました。


その後は、なんだか可笑しくなって、二人して笑いながら庭園を散歩しました。




部屋に戻った時、ルイは再び真剣な眼差しで私の肩にそっと手を置きました。


「お嬢様、サイモンとか言う男は碌な奴じゃありません。そんな男と結婚せずにすんだお嬢様はとても幸運ですよ。もっと魅力的な男性と結ばれる日が来ます。もっと幸せになれる日が来ます。屋敷の者は皆、そう思っています」


ルイが私の目をまっすぐ見つめて言いました。


「ありがとう。あなたに言われると、そんな気がしてくるから不思議ね」


「そうでしょう?でも、まずは……そのやせ細ってしまったお身体を元に戻しませんと」


「やせ細った?太ったではなく?」


苦笑するルイを見て、ふと窓に映る自分の姿を見ました。


「本当ね……私ったらこんなにやつれていたんだわ」


そこには少し前とは違う、やせ細って貧相な自分が映っていました。


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