青春の白骨化
松村しづく
第一章 白骨遺体①
遠くから聞こえてくる鐘の音は次第に大きくなり、それが目覚まし時計の音だとに脳に気づかせた。
等間隔で聞こえてくる耳障りなアラームを黙らせようと手を伸ばすが届かない。
暖かい毛布から二の腕までを露出させ、やっとの思いでその音は止まった。時刻は正午を回ったところだ。
おもむろにカーテンを開けると外から場違いな光が容赦なく入り込んできた。
ウッと低い唸り声が無意識に出る。
そのせいでさっきまで見えなかった小さな埃が楽しそうに宙を舞っていることに気づく。
むくんだ瞼の上に大きめな黒縁メガネをかけた。
度が強いレンズはさらに埃を鮮明に瞼へ映させる。
鼻が詰まっており口呼吸で一晩過ごしたためか、喉が乾燥しイガイガとした感触がのこっている。
15分ほどベッドの上でスマートフォンをいじってから充電コードを抜き一階のリビングへ向かった。
高校卒業後、バイトをしながら一人暮らしをした経験あり。しかし、ゲームの課金癖が治らず口座の残高は減っていき、単位も落とす。とうとう親からの仕送りは途中で切られてしまう。愛花の周りの数字はことごとく姿を消していった。
さらに就活で失敗。面接が終わるたびに人間性を否定された気がしてどんどんと覇気がなくなっていった。
愛花は特に仲のいい友達もいなかったので大学を中退し、実家へ戻ってきたのだ。
その後無数に余った時間をゲームと韓国ドラマに費やし、惰眠を謳歌する。
おかげで韓流俳優は顔を見れば名前とその人の代表作を即座に答えられる能力を手にした。
共働きの両親のおかげで3食昼寝ありの生活をしながら今に至る。
あくびをしながらリビングに到達した愛花は年季の入ったマグカップにコーヒーを注ぎ13時間寝た頭を目覚めさせようとする。
ろくにうがいをすることもなく乾いた喉にカフェインを流し込む。
キッチンのカウンターの前にある正方形の木製机に目を向けると、妹の
由莉奈の瞳が一瞬だけパソコン画面から愛花に変わる。愛花も由莉奈を眺めていたので少し目が合う。
「これから面接?」
特に興味もないが話題を提供する。
「違うよ。もう行ってきたとこ。」
由莉奈は整えられた前髪を揺らし呆れた口調で話を続けた。
「おねーちゃんはもう就活しないの?」
「うん。」
愛花はそういって背中を仰け反りながらカップの底にあるコーヒーの濃い部分まで飲み干した。
もうあんな思いは懲り懲りだ。
比較的まじめ(自己評価)に生きてきた愛花にとって就活は人生最大の挫折だったと言えるだろう。
あの静まり返った空間と面接官の針のような目は愛花にトラウマを植え付けていた。
今も思い出すだけで脳がズキズキと痛む。
嫌な記憶を思い出していると、家の玄関からガチャリと音がした。
両親は朝からこんな親不孝ものを食べさせるために朝から働きに出ているので思い当たる人物は1人しかいない。
「入るぞー。」
玄関から聞こえる少し高い声は明るい空気を纏っていた。
リビングに入ってきたその長身で端正な顔立ちの男は2人を見つけるとおちゃらけた笑顔になり手を振ってくる。
「伸吾ちゃんただいま参上です!」
2人に向けてその陽気な男はピースサインを向けてきた。
黒スーツを華麗に着こなし、綺麗な茶髪もワックスで整えられた
舟木は愛花の幼なじみであり由莉奈のお兄ちゃん的存在。小さい頃から一緒なので2人にとっては家族みたいなものだ。
髪がボサボサでシワだらけのスウェット姿をこの男に見られても愛花は何も気にしなかった。
「ってお前今起きたのかよ!相変わらずだらしねーな。いつかのまじめちゃんはどこに行ったんだか。」
「うるさい。」
愛花は目を細め、舟木を睨んだ。
気心の知れた2人の会話は恋人というよりは腐れ縁の悪友のようだ。
「伸吾!何買ってきてくれた?」
由莉奈が目を輝かせ舟木にいつもの質問をする。
舟木は週に3日ほど両手に紙袋をぶら下げてこの姉妹に差し入れをしてくれるのだ。
紙袋の中身を確認した由莉奈はまるでツリーの下にあるクリスマスプレゼントを発見した子供かのように目を輝かせる。
「うわ!これシンガポール限定のプリンじゃん!美味しそー!どうやってもらったの?」
「新しい取引先のお偉いさんが俺のことをえらく気に入ってくれてよ、頼んだらすぐ送ってくれた。」
そう言いながら舟木はいつものひょうきんな笑顔でまたもやピースサインをこちらに向ける。
愛花はマグカップを洗いながらそのピースサインをあしらう。
舟木は日本で知らない人はいない会社、【舟木製菓】の社長である。
【舟木製菓】は舟木の祖父から代々受け継がれている歴史ある大企業なのだ。
舟木は前社長の父が病気を患いまだ大学生の時に会社を譲り受けた。最初は反発する声も多かったが舟木は実力主義の世界で確かな実績を叩き出した。
そのおかげで今はもう彼が社長にふさわしくないという声は聞こえない。
そんな大企業の社長がこんな姉妹にわざわざ時間をとって差し入れしていることが世間に知られたら少し騒ぎになる気もするが。
「ゆり、食べすぎんなよ。おじさんおばさんの分も残しとけ。」
「わかってるって。」
紙袋から一つプリンを取り出し由莉奈は口に運ぶ。
語尾を少し昂らせながら由莉奈はその美味しさに悶絶した。
「すごい!甘みが関ヶ原の徳川軍ぐらい押し寄せてきてる。」
「「ヤー!」」
由莉奈と舟木のやりとりは完全に旧知の親友のようなものだった。
愛花はまだ頭が覚醒しておらず少しボーッとしている。
「愛花?食べないの?ダイエット中?」
そんな愛花の様子を舟木が気にかけた。
「ううん。食べる食べる。」
ただでさえたるんでいる体にさらに糖分を流し込むことに躊躇もあるし、ダイエットをしたい気持ちもあるのだが目の前にこんな美味しいものがあるのに食べない方が酷だろう。
「伸吾、香水変えた?」
「おお?分かるか!さすが、これもお土産でもらったんだよ。ブランド物だ。まだゆりみたいなお子様には早いけどな!」
「はぁ?いつまで子供扱いすんの!もうー。」
「由莉奈はいつまで経っても私たちからしたら子供なんだよ。」
「お前も俺からしたら自立してないクソガキだけどな!はは!」
「うぐっ!そ、、それだけは。」
3人で一才遠慮のない会話をしていたらふと由莉奈がテレビに映っているニュース番組に目を向けた。
プリンを食べるために持っていたプラスチックスプーンの動きが止まる。
「ねぇ、これ、、、うちらの母校じゃない?」
小競り合いをしていた愛花と舟木は同時に由莉奈が指差す方向に目を向ける。
女性のアナウンサーがテレビ局の報道フロアから速報のニュースを読み上げた。
「今日午前11時ごろ。
繰り返しニュースを読み上げるアナウンサーの声と共に3人の母校の映像がテレビ画面に流れていた。
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