第二話「召喚の理由」

 爺さんの後を着いて行った先は確かに客間らしき部屋だった。

 先ほどの部屋とは違って窓があり、その向こうには大きな樹木と青空が広がっている。

 壁が石造りである事には変わりないが、国旗のような大きな布が飾られている。

 部屋の中央には広いがボロボロのテーブルに、同じくボロボロな椅子が三脚。

 よく見ると紅茶の入ったカップが置かれているようだが、妙に色が薄いように見える。

 何だか、失礼な話だが没落した貴族という印象だ。いや、貴族なんてラノベやアニメでしか見たこと無いけど、何となく。


「このような場しか用意できずに申し訳ありませんが、良ければそちらにお座りください」


 爺さんに促されておずおずと椅子に座ると、足が歪んでいるらしくガタガタだった。

 余程物持ちが良いのか、或いは金が無いのか。嫌な予感がどんどん膨らんでくる。


「さて、ではご説明差し上げますのでまずはお聞きください。私はシュバルツ。こちらはこの国の姫であるスノウ・グロリアス様です」

「あぁどうも。俺は佐藤晶です」


 頭を下げられたので同じように名乗ってお辞儀を返す。

 ちなみに姫様とやらは腕を組んで俺を睨みつけたままだ。


「最初に、ここは貴方様が居た世界ではありません」

「は?」

「ここは貴方様から見れば異世界。名を『ヘクサゴーノン』と言い、現在六つの種族が争っています」


 ……やばい、この爺さん頭のネジが外れてる系の人だったか。

 服装もちょっと変だしな。

 良し、ここは適当に話を聞き流して穏便に逃げるとしよう、


「なるほど」

「我々人族の勢力『グロリア』はエルフの国『エルフェイム』に攻め込まれております。王都は陥落し王族は姫様を残して他界されており、残されたのはこの砦に居る兵士三十人と民間人が七十人のみです」

「ふむふむ」

「敵軍との戦力差はおよそ十倍。この砦で籠城を始めて三日目となり、物資も減ってきています。そこで王族の秘術である召喚魔法で貴方様をお呼び立てした次第です」


 何気に設定が作りこまれてるな。

 どうせならもうちょい希望がある設定にしてほしいとこだけど。

 何だその無理ゲー。人族滅亡に王手かかってんじゃねーか。

 そもそも援軍が期待できない状況で籠城して引き籠っても意味無いだろ。

 後どうでも良いけど話が長い。そういやうちの爺さんも話し始めたら長かったなぁ、なんて思いながら出された紅茶を飲んでみると、これがお湯と変わらないくらい薄かった。

 物資が無いとか言ってたけどその影響なんだろうか。いや、真実を語ってるならだけど。


「それで、俺にどうしろと?」

「単刀直入に申し上げます。この国を救ってください」


 また深々と頭を下げられた。

 いや、救ってくださいって……どうしろと?

 ただの一般人である俺に戦場に出て敵軍を薙ぎ払えとでも言うんだろうか。

 聞いた感じだと敵って三百人はいるんだよな? どう考えても無理だろ、おい。


「いや、無理だって。俺が戦える訳ないだろ」

「なんと……ではお知恵を拝借したく思います。何か良い案は御座いませんでしょうか」

「無茶言わないでくれよ。そもそもこの世界の事を何も知らないんだぜ?」


 爺さんの無茶ぶりに戸惑っていると、隣のお姫様――スノウがテーブルを叩いて勢いよく立ち上がった。

 鬼のような形相で俺を睨みつけ、次に爺さんに目を向ける。


「シュバルツ! もう良いわ!」

「しかしスノウ様……」

「よそ者に期待したのが間違いだったのよ! もう私が前線に行くわ!」

「何だ、作戦があるのか。ならそれを実行したら良いだろ」


 俺の言葉にスノウは再び俺を睨みつける。大層お怒りらしく、その目の端にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 え、ちょ……なに、俺が泣かせたのか? やべ、どうしよう。


「シュバルツ、命令よ。この者を元の世界に送り返しなさい。私は前線に行く準備をしてくるから!」


 大声で叫び散らかすと、スノウはそのまま速足で部屋を出て行ってしまった。

 うわぁ。何か悪い事した気分だわ。いや、多分俺は悪くないと思うんだけど。

 だって事実を言っただけだもんなぁ。

 ただの一般人の俺が戦えるはずも無いし、戦いの知識なんて持ってるはずも無い。

 言わば役立たずでしか無い俺を頼るより、元々あった作戦とやらの方が成功率は高いだろう。


 爺さんはスノウを見送った後、こちらに顔を向けて深いため息を吐いた。

 その顔に呆れや侮蔑は無い。あるのはただ、悲観のみだ。

 何だ? そんなに悲観するような作戦内容なのか?


「なぁ爺さん、お姫様が言ってたのってどんな作戦なんだ?」

「作戦などではありません。敵国の虜囚になる、言わばご自身を差し出して他の民の命を見逃してもらえるように交渉しに行くのです」

「は? それってスノウは大丈夫なのか?」

「そんな訳がありません。何せ相手は戦争中の敵国です。辱めを受けた後に処刑でしょうな」

「……おいおい、マジかよ」


 そんな馬鹿げた話があるものか。何で女の子一人を犠牲にして助かろうとして……いや、そうか。

 王族は他に居ないと言っていた。つまり戦争の責任を取れるやつが他にいない訳だ。

 まともに戦っても負けてしまうなら、全員殺される前に責任を取れる奴がどうにかする。つまりはそういう事だ。

 酷い話だ。酷い話なんだが……

 俺には、どうすることも出来ない。

 ラノベやゲームの主人公と違って戦えるわけでもないし、特別に頭が良い訳でもない。

 何なら戦争って聞いただけでビビってるような奴が何か出来る訳も無い。

 それに俺は部外者だ。ここの事情何て知った事じゃない。

 無事に元の世界に変える事が出来るならそれで良いんだ。

 ……良いはず、なんだ。それしかないんだし。


「では私は送還術式の準備をして参ります。転移先は元の場所で宜しかったでしょうか」

「あ、いや、出来れば百メートルくらい離れたとこで頼むよ」


 そのまま向こうに戻ったらその瞬間にトラックにひかれて死ぬだろうし。


「かしこまりました。準備に二時間ほど時間が掛かりますので、それまでの間お待ち頂ければと思います。砦内であれば好きにして頂いて構いませんが危険が無い範囲でお願い致します」

「あぁ、分かった」

「それではまた後程。失礼致します」


 爺さんは深々と頭を下げると部屋を出て行った。

 一人取り残された俺はしばらくの間のんびりしていたが、やる事も無くて暇だったので砦内を探索してみる事にした。

 夢か現実かは分からないけど、せっかくの異世界だ。魔法とか見れるかもしれないし。

 そんな楽観に胸を弾ませて部屋を出る。

 さっき聞いた話は深く考えない事にした。考えても嫌な気持ちになるだけで、どうせ俺には何も出来ないんだから。

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