第25話 血濡れの薔薇、再び

 ガンホリック砦攻略に他の艦から次々にMT部隊が出撃していく中、ユーリはおやっさんから最終確認を受けていた。

 「小僧の要望通りスラスターの増量しておいた。それプラス胸部に装甲型の機関砲二門と肩部にミサイル八発、両肩で十六発のミサイルラック付きだ。名づけるなら【ファフニール・アサルト】ってところか。」

 ファフニールを見ると追加装甲の影響か一回り大きく見える。

 「け、けれどその分機体制御がしづらくなっています。操作の際は気をつけて下さいね。」

 パメラが遠慮がちに注意を促す。

 確かにいきなりこれだけ追加したら問題の一つや二つ出てくるだろうが、ユーリは平然としていた。

 「大丈夫だと思う、二人とも急ピッチの作業ありがとう。」

 ユーリが礼を言うとパメラは顔を赤くしながら顔を隠し、おやっさんはフンと鼻を鳴らす。

 「だが小僧、いきなり注文つけて来るなんてどうしたんだ?」

 おやっさんが不思議そうに聞いてくる。

 ユーリが強化を申し出たのは会議が行われた日のすぐ後である。

 今まで無理な注文をしてこなかったユーリには珍しかった。

 「あ~、何と言うか~。」

 おやっさんの質問に何処か答えずらそうにするユーリ。

 「あくまで予感なんだが、ものすごく嫌な予感がするんだよな。」

 「い、嫌な予感ですか?」

 パメラが少し青い顔をしながら聞き返す。

 戦場で嫌な予感というのはつまりはそういう事を連想させる。

 「あ!違う!違う!そういう嫌な感じじゃなくて。」

 青くなったパメラの顔をみて慌ててその想像を否定するユーリ。

 「なんて言うか、こう、できれば会いたくない人物と町でバッタリ会ってしまう。そんな嫌な予感…のような気がする。」

 「なんじゃそりゃ?意味が分からん。」

 ユーリがなんとか説明しようと言葉にするがおやっさんには伝わらなかったようだ、パメラも少し首をかしげている。

 「なんかすまない、もう少し語彙力があれば良かったんだが。」

 「こ!言葉で上手く言い表せない事もありますよ!ね!」

 「ワシにそんな覚えはない。」

 ユーリの自虐にフォローを入れ、おやっさんにも同意を求めるが空気を読まず否定される。

 「え~っと、その~。」

 どうフォローすべきかパメラが考えているとユーリの笑い声が聞こえた。

 「ありがとうパメラ、フォローしようとしてくれて。けど大丈夫だから。」

 ユーリの感謝に、先ほどとは比較にならないほど顔を赤くしながらブンブンと顔を縦に振るパメラ。

 「おい小僧、そろそろ出撃じゃないのか?」

 「あ、じゃあおやっさんとパメラ。二人とも帰ってきたら整備よろしく。」

 と言ってユーリは自分のファフニールのコックピットに向かっていく。

 「ったく、自分が生きて帰ってくるのを疑わない奴だ。まぁ、それぐらいの方が若者らしくていいのかもしれねぇがな。なぁパメラ。」

 といっておやっさんが横を向くと未だに首を振り続けるパメラがいた。

 それに対しどう声をかけたらいいか分からないおやっさん、63歳であった。


 ユーリがエーデルワイスから出撃してしばらくすると艦隊の一斉射が始まる。

 いくつもの光が砦に当たっていくが未だ致命打は当てられていない。

 ドラクル小隊はユーリを先頭にしながら砦へと近づいていた。

 「ドラクル1こちらドラクル5、敵もMT部隊を出してきたようです。」

 ドラクル5ことドロシーからの通信が来る。

 確かにアルガ公国の多脚型MT【ワスプ】の大群がこちらに向かってきている。

 「よしゃあ!片っ端から虫を落として…!」

 「ダメだよ!目的は砦の制圧なんだから余力を残しておかないと!」

 今すぐにも撃ちまくりそうなアドルファスをティナが止める。

 「ドラクル4の言う通りだよ、ドラクル3。」

 「…よくそんな性格で狙撃ができるの?」

 「悪かったから全員で突っ込むな!」

 続けてテリーとドロシーに言われ流石に慎重になったのか謝るアドルファス。

 すると小隊内で笑いが起きる。

 そんな様子を確認してアイギスは、

 《少尉、ここはすでに戦場なんですが何故皆さん笑えるのですか。》

 そう聞かれたユーリは笑いを残しながら答える。

 「いつ死ぬか分からない戦場だからこそ些細な事でも共感しあって笑いあいたいんだと思うよ。」

 《…私にはまだ理解できないです。》

 「ま、そこらへんは俺も完全に確信があるわけじゃない。お前も無理して理解しようとは思わんでいいさ。」

 《それは私の存在価値に反します。心をもつAIとして人の心を理解しなければなりません。》

 アイギスの主張にため息をつきながらユーリはそれに対し反論する。

 「あのなアイギス、人の心を完全に理解するなんてAIどころか人間でも不可能だ。」

 《…何故。》

 「それを理解するには人の心は複雑すぎるうえに多種多様だからだ。確かにお前はAIだから人間より理解ができるのかも知れない。それでもお前が全ての人間の心を理解は出来ないと思う。それが出来るなら人間というより神だよ、それは。」

 《…ですが…私は。》

 「なあ、アイギス。」

 珍しく言いよどむアイギスに対しユーリは優しく問いかける。

 「お前が心を理解したいと思うのはそうプログラムされているからか?それとも心を持っているからか?」

 《…》

 ユーリの問いにアイギスは即答できなかった。

 「確かに最初はプログラムされたものかも知れない、けど多分そんなプログラムが無くてもお前は心を理解しようとしていたと思うぞ。」

 《…何故そう思われるのでしょうか。》

 「それは人間ならそうすると思うからだ、俺から言わせればお前はほぼ人間だよ

。」

 《それは少尉の思い違いです。私はAI…。》

 「だったら何故さっきの問いに答えられなかったんだ?簡単だろ、あんな問い。」

 《それは…。》

 確かにAIとしての答えは“プログラムされているから”一択だろう。

 それなのに言いよどむのはアイギスの心がその答えを否定したからだからだとユーリは思う。

 「心を持っているなら体が鉄だろうが、動物だろうが、小説に出てくるような遺伝子操作された怪物だろうが人間だと俺は思ってる。それでそいつに裏切られようが自己責任だから気にする必要…。」

 《少尉、前方。》

 会話はアイギスの忠告と警告のアラームにより中断された。

 その十数秒後アルガ側から猛スピードでやってきたMTが武器を振り上げるのとユーリがビームサーベル二つを抜き展開したのは同時であった。

 敵MTが振り下ろた武器をユーリのビームサーベル二つで受け止める。

 そこでようやく敵のMTの様子が見えてきた。

 この黒のガルダのカスタム機とチェーンソーのような大剣の組み合わせは見覚えがある。

 「会いたかったわ!、ユーリ・アカバ!」

 カーミラ・エッツオ、ユースティア解放戦線に雇われていた傭兵である。

 「隊長!!」

 ティナのこちらを呼ぶ声が通信からよく聞こえる。

 他のメンバーもカーミラに対し攻撃を加えようとしてるが、

 「邪魔よ!」

 カーミラは一旦振り下ろすのをやめ横薙ぎに薙ぎ払う。

 「っ!盾が!」

 接近しようとしていたテリーとドロシーは直撃を避けれたがテリー機は盾が両断されドロシーは左腕に掠る。

 アドルファスとティナがカーミラに狙いを定めようとしているが上手く小隊メンバーのMTを盾にしたり躱されている。

 「そいつはこちらに任せて砦の攻略を頼む!」

 動き回るカーミラ機をユーリは突撃しながら止め全員に大声で通信する。

 「でも!隊長!」

 「ハミルトン、行くよ。」

 ティナが不服そうであったがドロシーが促すとメンバーと一緒に砦の方に向かった。

 「さて、と!」

 カーミラの機体、ブラッディ・ローズに蹴りを入れ距離を空ける。

 両者武器を構えながらしばらくの間沈黙が包む。

 「カーミラ・エッツオ、で間違いないな。」

 「あら、名前を憶えてくれてて嬉しいわ。私の王子様。」

 「…………すまん、通信の調子が悪いようだ。もう一度言ってくれ。」

 「?私の王子様って言ったんだけど?」

 「すまん、どうやらおかしいのは俺の耳らしい。俺の事を王子様と呼んでるように聞こえる。」

 《少尉、少尉の耳は正常です。データログにも残っています。》

 「…それは聞きたく無かった。」

 もしこれが戦場でなければ両耳をふさぎたい気分のユーリであった。

 「あら、誰か一緒にいるの?…嫉妬しちゃいそうね。」

 「その問いには答えられないが一つ聞く。いや本当は聞きたくないけど渋々、本当に渋々聞く。何故俺をその呼び方で呼ぶ?」

 ユーリとしたらこれを解決しないかぎり戦闘に集中できない至極真っ当な質問であった。

 一回しか会っていない、しかも敵対していた人間をいきなり王子様扱いされたのだから。

 だがカーミラは本当に不思議そうに首を傾げながら質問に答える。

 「?おかしなことを聞くわね。私は貴方を宿敵と見なした=私と貴方は運命の相手=貴方は私の王子様、でしょう?」

 「……あっ、そう。」

 カーミラの答えにもう何も言えなくなったのかユーリはそれ以外なにも言わなかった。

 《…少尉。》

 「…なんだ?」

 《少尉の言う通りどうやら人間の心を理解するのは無理そうです。彼女の言っている事が私には理解できません。》

 「……分かってくれて嬉しいよアイギス。」

 ユーリがアイギスとそのような会話をしているとカーミラはアサルトライフルを左手に、右手に大剣を構える。

 「そんな事はどうでもいいわ、早く私と戦いましょう!踊りましょう!あなたとの戦いが私の渇きを潤してくれるの!」

 「っこの戦闘狂め。」

 そう吐き捨てるとレバーを強く握り直す。

 《少尉、あまり時間をかけては。》

 「分かってる。最速で片をつける!」

 「つれないわね、折角の機会なんだから沢山楽しんで踊りましょう、よ!」

 この言葉を皮切りに再び突撃してくるブラッディ・ローズ。

 発射されるアサルトライフルの弾丸を躱しながらユーリは吠える。

 「生憎ダンスは生まれてからまともにやった事なくてな!一人で勝手に踊ってろ戦闘狂!」

 そのような事をいいながら頭の片隅でユーリは思っていた。

 (嫌な予感の例え、的を得ていたな…。)

 ガンホリック砦を巡ってアルガとユースティアの部隊が戦いを始める中、傭兵カーミラとユーリの戦いは切って落とされた。

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