尊大な優しさと輝き 2
ゆがむ顔を隠すように、声を荒げないように、顔を伏せる。
「でも、ほんとうは俺がいないほうがいいのかもしれないとか……。俺以外にもっといい人がいるのにとか、いろいろ考える。俺はなんの役にもたってないし、社長の期待にも、応えられてないから」
自分で話しながら、泣きそうになってくる。ぐっとこらえつつ、暗い空気にならないよう穏やかな口調で続けた。
「だから、しょうがないんだ。俺よりも、アイドルになりたくて努力してる人は、たくさんいるんだから。俺なんか、いてもいなくても、同じだから」
しばしの沈黙。
息をついた月子が、冷静に返す。
「そうかもね。……でも」
純の手首が、強く握られる。無理やり引っ張られ、立たされた。
「イノギフとしてデビューするのを避けられないなら、純くんもそれなりに努力しないとね。このままじゃ舐められたままで終わるよ」
純を見上げる月子の目つきは鋭いものの、言葉ににじむ感情は優しい。
「動画はちゃんと撮ってもらった?」
「あ、うん。月子ちゃんのおかげで」
「じゃあ、練習しよう。まだ時間は残ってる」
月子の顔に、勝気な笑みが浮かんだ。
「私、しばらくは同じ稽古場を使うから、こうやって時間が合うときは教えてあげる。絶対に、私が、振り付けを覚えさせる」
尊大で、高慢。だが月子は、純を本心から助けようとしてくれる。
「ダンスの講師陣にわからせてやるの。あいつらより私のほうが、指導がうまいってね。純くんも、踊れるようになって見返してやらなきゃ」
「うん。……ありがとう」
純が持ってきたスマホでフリを確認し、練習を開始した。月子がわざわざ教えなくても、純は動画を見ながら繰り返し練習していく。
月子は純の後ろにひかえ、動画だけではわかりにくい部分を説明するだけで済んだ。
「動画見るだけで結構踊れてる。……私の出る幕ないじゃん」
月子の顔には、「ほんとうに踊れなかったのか」という困惑と、「丁寧に教えるはずだったのに」という不満が浮かんでいる。
「そんなことないよ。踊れるのは、月子ちゃんがいてくれるおかげだから」
純が間違えても月子は怒鳴らず、平然としている。なにより、軽蔑的な視線も、意地の悪い感情も読み取ることがない。
イノギフとは関係ない立場だからこその反応だが、だからこそ心地よかった。
純は動画を見ずにダンスを最初からとおしていく。サビの部分を終えたころ、月子が声を放った。
「純くん。これからなにを言われても、絶対に折れないで」
「え?」
動きを止め、振り返る。月子の表情は、硬い。
「確かに前より踊れてるけど、動きは粗いから。このあとのレッスンでいろいろ言われるかもしれない。純くんのことを平気で傷つけるようなこととか、ね」
それは純も懸念していたところだ。この時間が穏やかなぶん、レッスンでの殺伐とした空気に、耐えられないような気がした。
「でもね。会長にスカウトされたってことは、才能を認められたってことなんだよ。私も、会長に認められた純くんに可能性があるって信じてる。たとえあいつらが純くんを否定しようと、それは変わらない」
あまりにも心強い言葉に、胸が温かくなる。
「私だけじゃない。きっとこれから、純くんのことを認めてくれる人はたくさんいる。その赤毛も、細い目も、性格も、他のメンバーとは違う純くんを、好きになってくれる人は絶対にいる」
どれだけ叱られても、怒鳴られても、くじけないでいられるように。
月子という味方がいることを、忘れないように。
月子は、わざわざ言葉にして伝えてくれている。
「だからここで、負けちゃダメ。あいつらを見返すぞって野心を持つくらいがちょうどいいの」
純は目ににじむ涙をこぼさないようこらえながら、小さくうなずいた。
「うん。ありがとう、月子ちゃん」
ノックの音が聞こえ、稽古場のドアが開く。先ほど月子と一緒にいた女性スタッフが、顔をのぞかせた。
「月子ちゃん。準備できたからそろそろ着替えて裏口においで」
「はい。すぐに」
スタッフがその場を去ると、月子は純に向き直る。
「明日も同じ時間に来る?」
「うん、来るよ」
「じゃあ、会えるね。この調子なら、撮影までには完璧に踊れるんじゃない?」
月子は明日も練習に付き合ってくれるようだ。
「ありがとう。でも、月子ちゃんは大丈夫なの? すごく忙しいんでしょ? ほんとうは月子ちゃんも、たくさん練習したいだろうし」
先ほどの練習風景で純は理解した。月子の得意分野は歌だ。ダンスは純と同じで苦手意識を持っている。
負けず嫌いで完璧主義の傾向がある月子のことだ。本番で少しのミスも出さないよう、あいている時間は全部、ダンスの練習に使いたいはず。
「なに言ってんの?」
冷静な顔で、平然と返してくる。
「私は純くんにダンスを教えるけど、純くんも私の練習に付き合うんだよ。……安心して。なにも難しいことは求めないから。完璧に歌って踊る私のことを、ほめたたえるだけでいい」
最後は月子なりのおふざけだ。純は自然と笑みがこぼれる。
「ありがとう、月子ちゃん。俺のこと、気遣ってくれて」
「気遣ってない。私の中ではもう決定事項だから。踊れない純くんに拒否権なんてないの」
冷ややかな顔つきだがどこまでも優しい月子に、このまま去ってほしくなかった。月子が去ってしまったら、次に来るのは強い重圧がのしかかるレッスンの時間だ。
月子は堂々とした声で、純の不安を少しずつ取り払ってくれる。
「せっかくスカウトされたんだよ、あの会長に。苦手なダンスだけでくじけるのはもったいないでしょ。この世界、純くんが思うよりも、楽しいことって多いんだから」
したたかに口角を上げる月子は、純が事務所で会った誰よりも、
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