二世の劣等生と高慢な天才子役 3




「会長と社長に、ちゃんと言っておきます。イノセンスギフトを担当するスタッフたちが、無能だって」


「へ?」


 女性講師は目をぱちくりとさせた。月子の笑みは、消え失せている。


「どうせあなたたちが教えてもこれ以上うまくならなさそうだし。あなたもこれ以上指導するのは嫌みたいですし? 私のほうから会長に伝えておきますね」


 世に知れ渡る天才子役とはいえ、中学一年生の女の子にここまで言われては、プライドもクソもない。


 女性講師は顔を引きつらせながら反論した。


「いや、わかんないかな~。才能ないのはこいつのほうで……」


「それは会長に言ってください。ご自身で」


 稽古場の中が、静まり返る。先ほどまで純を嘲笑していた空気は一転、月子にかき乱されていた。


「確か、星乃純くんって、会長と社長のスカウトらしいですね? 確か、会長がソロで売ろうとしたのを社長が無理やり引き取った、とか? その状況で純くんを辞めさせられるとでも?」


 中学一年生にしてずば抜けている胆力と、言葉選び、カリスマ性。まるで月子が、弱い立場にあるスタッフをいじめているかのようだ。


 月子にとっては狙いどおり。純にとっては望まない流れ。純に向き合ってくれた月子を、悪者にさせたくない。


 しかし月子はあいかわらず、純に言葉をはさませてくれなかった。


「お望みどおり伝えておきますね? 純くんにダンスの才能がなくてスタッフを困らせてるって。でもそれで辞めさせられるのは純くんじゃなくて、純くんにダンスを踊らせることができない無能なスタッフのみなさん、じゃないですか?」


 この期に及んで、女性講師はへらりと笑う。


「いや、まさか。そんな」


「なに言ってるんですか。社長はともかく会長は、そういう方でしょ?」


 月子の言うとおりだ。会長の影響力がまだ残っている現状では、決してないとは言い切れない。


 純もそれはわかっていたが、このような脅しは気が乗らなかった。純が会長を出したところで、反感を買うだけだからだ。


 現に、月子は今、これでもかと不満げな視線を浴びている。


「……もういい」


 あの男性講師が月子のもとに近づいてくる。女性講師を下がらせ、冷静な口調で続けた。


「このあとは舞台の合同稽古だろ。さっさと行ったらどうだ」


「ええ、もちろん。社長や会長に連絡するのも忘れずに」


 大きな舌打ちが響く。男性講師は純を顎でしゃくった。


「こいつの味方にでもなったつもりか」


「気持ち悪いこと言わないでくれます? 純くんが踊れないのは否定するつもりありませんし」


「そうだろうな。こいつ以外のメンバーは、もまれにもまれてダンスや歌を磨き上げてきたクチだ」


 講師の視線が、純にとどまる。


「初めてだから優しくしろは通用しねえ。この程度のダンスはとっととできてくれなきゃ困るんだよ」


 純が返事をしようとするも、月子がさえぎった。


「でも事務所は彼をグループに入れてデビューさせると決めたんでしょ? 今、純くんが踊れない状況はもはや職務放棄、なのでは? 会長や社長になんて言うつもりですか? 教えたけど踊れません、彼は才能ナシです、って? それがあの二人に通じるとお思いで?」


 稽古場は不穏な空気に満ちていく。月子と講師の間に、火花が散っているのが純には視えた。


 先に視線をそらしたのは月子だ。男性講師の後ろでひかえていた女性講師に、顔を向ける。


「無能なスタッフにアドバイスしてあげます。振り付け動画をすぐに撮ってあげてください。わたしもダンス覚えるとき、そうしてもらってるんです」


 堂々と、しかし丁寧な物言いに、女性講師は顔をゆがませる。


「なんでそこまでしなきゃ……!」


「え? だって、今の時点で何も教えられてないんですよね? だからこうしたほうがいいって教えてるのに」


「大体なんであんたが勝手に」


「それが嫌なら、彼がダンスを覚えるための方法をもっと考えるべきでは? 体は動くけど頭は動かないの? ここのスタッフって」


「この……」


 女子中学生にやりこめられる女性講師は、顔を真っ赤にしながら口を開く。純が予想した暴言を吐く前に、男性講師がたしなめ下がらせた。


 代わりに月子へ言い返す。


「でも他のやつらは見ただけですぐに覚えられるんだよ」


「でも私はいつも講師に撮ってもらってます」


「今はイノギフの話をしてんだよ」


「私はイノギフの話をしていません。イノギフの星乃純にどう指導するか、という話をしています」


 月子は強気だ。この中の誰にも、負けていなかった。


「あ、あの……」


 やっと、純は声を出す。


 視線が集中する中、目を伏せて続けた。


「俺は、大丈夫ですから、そのままで。みんなと同じやり方でないと、意味がないのなら、俺がもっと、努力すればいいだけで……」


 ふと、月子の口角が上がっていることに気づいた。息を吸う音が続き、口を開く。


「基礎もできてないようなやつに! いきなり応用ができるわけないでしょ! このバカ!」


 怒鳴り声に、純の頭はキンとする。月子の怒鳴り声は、男性講師に向かう。


「あなたたちが優先しているのはダンスと歌を覚える過程なんですか? せめてミュージックビデオの撮影までに全員で形にさせるべきでしょ! デビューはもう決定事項で、純くんをどうこうする権利、あなたたちにはないんですから!」


 言っていることは間違っていない。が、スタッフたちは嫌悪の視線を月子に向けるばかりだ。売れに売れている天才子役が、生意気に反論しているようにしか思えない。


 それも当然のことだった。彼らにとって純はババ抜きのジョーカーだ。どこかへ押し付け、別の人材を新たにレッスン生から引ければいい。


「……おまえがそこまで言うなら、わかった。いいだろう」


 男性講師がため息交じりに女性講師を見る。純に向かって顎をしゃくった。


「ダンスを撮ってやれ」


「な……」


「こいつは一度言い出したら引かねえんだよ。言ってることも一理ある。踊れないなら踊れないなりに、指導法を変えていかねえとな。社長にも、頼まれてるわけだし」


 その決定に、若干の不満が稽古場を染めていく。純だけが許された特別な扱いに、ヒイキを感じている。


 しかし同時に、誰もが思い出していた。純が入ってきた当初、社長からあらかじめクギを刺されていたことを。


 これ以上の反論は、誰もできない。


「会長のスカウトなら、もっと自信を持ちなさいよ」


 月子は稽古場の空気を意に介さなかった。もとの冷ややかな顔つきに戻り、純を見すえる。


「会長と社長の存在は良い武器になる。それなのに、純くんが逃げる必要なんてないでしょ」


 この場でそんなことを堂々と言える月子に、苦笑する。


「……ありがとう、渡辺さん」


 月子の表情は変わらない。短く息をつき、先ほどよりも抑えた声量で返した。


「明日も今日と同じ時間に来るといいよ。明日も、私、ここで練習してるから」


 純の返事も待たず、じゃあ、とその場をあとにする。スタッフたちの視線などものともせず、堂々と、大股で去っていった。


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