暴君の降臨 2
そう答えるしかなかった。メンバーやスタッフがいるこの環境で、本音など言えるわけがない。
「じゃあ、ご両親と一緒にいるときや、月子と一緒に仕事をするときはどう?」
ウソは、つきたくない。正直に、小さい声で答える。
「……楽しい、です」
会長は、純の心の内を読み取ったかのようにほほ笑む。穏やかで、優しい顔だ。
「そういうことなんだよ。だからやめるべきなんだ。きみが、楽しくないと、思うんだったら」
「でも……」
「わかるよ。きみの行動次第なんだよね? ……いや違うな。きみが何を受け取るかで、グループに貢献するものが変わるんだ。だからこそ……きみが、いるべきではないんじゃないかな」
わかりにくい表現の言葉を、純は頭の中でかみ砕き、理解しようとする。
確かなのは、会長もイノセンスギフトが国民的アイドルグループにはなれないと思っているということだ。先ほどまで純に発した言葉にウソはない。
だからこそ冷酷だ。社長は純を認めている一方で、才能のない人間にはとことん興味を持たない。イノセンスギフトがどうなろうと、知ったことではない。
「会長に、もう一つ質問しても良いですか?」
「ばかっ!」
ダンスの男性講師が純をたしなめる。
「この方は会長だぞ! ほんとうはおまえがそんな簡単に話せる相手じゃ」
「いいよいいよ。なんでもきいて。純なら大歓迎だよ」
機嫌のいい会長に、純はほほ笑む。
「もし、会長があの会議の場にいたなら、俺の提案を許可してくださいましたか?」
首をかしげる会長に、続ける。
「月子ちゃんは会長の、スカウトでしょ? 俺と一緒で」
会長はピンときたようで、にっこりと笑う。上を向き、思い出しながら声を出した。
「ああ……そうだったね。きみは月子の件に、手を貸したんだったね? でも僕も、許可はしなかったと思う」
純は返事をせず、ほほ笑むだけだ。
「ぼくがまだ現役だったら、きみは必要ない。もっと強引に守ってあげたよ。……でも今回は、きみのおかげであの子は助かった。ありがとうね、純」
「お気になさらず。月子ちゃんは、友達ですから」
会長は笑みを浮かべながらうなずいた。
「きみがアイドルを辞めるときがますます楽しみになってきたよ。だってきみ、アイドル向いてないからさ」
「はい。それはもう、重々承知しております」
負けず劣らず笑って返す純に、会長はますます興味を示す。
「今日は会えてよかった。何かあったら連絡ちょうだい。僕だったら社長にも話せないような話も聞いてあげられるよ。……ああ、気に入らないスタッフがいるならいって。いつでもクビにしてあげる」
スタッフたちの顔から血の気が引いている。先ほど純に陰口をたたいたスタッフは気が気ではない。
会長なりの、
「ご冗談を。ほんとうに会長はそういうおふざけがお好きなんですから~」
「あっはっは! 返しが大人すぎるよ、純は! それじゃあ、稽古、頑張ってね」
手を上げた会長は、上機嫌に稽古場を去っていく。まるで嵐が通り過ぎていったかのようだ。
目を伏せて考え込む純に、歩夢と爽太が駆け寄ってくる。
「純くん、大丈夫だった?」
「会長にあんなこと堂々と言うなんて。……怖くないわけ?」
純は笑顔で大丈夫だと告げた。周りが言うほど、会長からは恐怖も威圧も感じなかった。
今回、稽古場に尋ねてきたのも、あくまで純のようすを見に来ただけだ。純の不遇さを、社長や月子から少なからず聞いたのかもしれない。
勝手に冷酷という印象を抱いて近寄らないようにしていたが、一度対面で話し合うべきなのだろう。連絡を入れるタイミングはいつがいいだろう、と純はさらに考え込む。
ふと、冷たい視線を感じた。顔を向けると、千晶と目が合う。
「ほんと、上の人にかわいがられるのが得意だな、おまえ。うらやましいよ」
はっきりと感じた
「たしかに、ほんっと~にうらやましい」
純のとなりで、爽太の声が千晶に張り合うよう響いた。
「俺たちなんて会長の前でビビってるだけだったからな~。特に坂口は、目も合わせられなかっただろ?」
「はあ? それはおまえも一緒だろ! だいたいおまえなんなんだよ、最近よくつっかかってきて……」
二人の言い争いになり、歩夢がなだめ、男性講師が止めに入る。そのすきに、純は稽古場を見渡した。
目標もプロ意識もバラバラなメンバー。メンバーの適性をちゃんと把握しきれていないスタッフ。
言うまでもなく人望のないマネージャー……はここにはいない。
「ああ、ほんとうにまずいな、これは」
純のつぶやきが、二人の言い争いにかき消される。
正直、辞めたところで純に悔いはない。でも、この世界で、この先を見ていたい存在がいる。自分が助けたい人たちのために、残っていたい。
――死に物狂いで、やってみよう。あと、三年は。
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