第61話



 アタシ、凄いことに気付いてしまったかもしれません。えっと、それはですね……引用の部分に【宇多】【伊能】【知能】【阿陀】の文字が含まれているんです。だからどうしたって? だから……何なんでしょうね。それを今から考えるんです。


 


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「お分かりになられたようですな」


 大野さんが言いました。ですが……アタシはお分かりになっていません。はい、難しすぎました。コムさんは……多分、分かってるみたいですね。こういう時は、アタシも分かってる風な表情を作って……この場を乗り切るのが最良の選択でしょう。


「死亡者の姓を並べると……なるほど、文章になるんですね。そして、最期の場所で締めると」


 コムさんはサラッと言いました。はいはい、アタシも分かってますよ……何かを並べて締めれば謎は解けるんですって。


「そうですな。気づいた時には手遅れでした」


 手遅れですか……そういう時は並べて締めれば何とかなるんですよ、多分。


「えっとね……宇多さんが二人。伊能さん二人。知能さん、そして神社を並べるんだよ」


アタシの表情を察してでしょうか……コムさんが解説をしてくれました。何故でしょうね。アタシは分かってる顔を作れていたはずなのに……不思議です。


「宇多さん宇多さん伊能さん伊能さん知能さん阿陀神社」


 はい、何の意味もわかりません。


「敬称を抜いて、万葉仮名読みをするんだよ。あと……神社も抜いてね」


 コムさんが懇切丁寧に解説してくれました。癪ですが……言われた通りにしてみましょう。


「えっと……【宇多宇多伊能伊能知能阿陀】……【うたうたいのいのちのあだ】」


 あたしの音読に大野さんが口を開きます。


「正解です。【歌詠い】の【命】の【仇】と……そう読めますな。私は身の回りの人物と自身の名前をもって、この文章が成立すると気づいてしまったのです。私は別に【仇】を討とうと本心で思ったことなどはありませんでしたが……、その文章を実現させなければならないと……そう思い込んでしまいました。これが【狂気】の正体です。言葉は悪いのですが……ゴーストライターを知るものを殺める事よりも、それを実現させる事こそが、私の【作品】なのだ。やらなければならない。その思いに取り憑かれてしまいました」


 それは作家が文章を作り上げ、世に発表する行為と……ひょっとしたら根本は同じなのかもしれません。自身の頭に思い浮かんだ世界を……文章としてアウトプットする事と、行動にしてアウトプットする事の違いなのでしょう。芸術家の父親は……やはり芸術家の血が流れていたんです。多分、善悪を論ずる次元ではなかったのでしょう。


「私が【狂気】をはらんでからは……お話した通りです。私は私の【作品】を完遂させ……その過程で他者の命を奪ってしまいました。その責は今でも私を苛み続けています。こちらの世界に来てからは、娘にも……被害者の誰にも会っておりません」


 初めてかもしれません。大野さんは悲痛な表情になっていました。その表情には、いったいどんな感情が含まれているのでしょう。娘を失った悲しみなのか、他者を殺めた責苦なのか……それは、わかりません。ただ、歯車一つの噛み違いが生んだ悲劇は……好好爺の笑顔を奪ってしまったんです。これだけは確かなのでしょう。


 


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 大野さんは全てを語り終えると、お帰りになられました。アタシ達は外まで見送ると……室内へと戻ってきたところです。


「ふぅ……」


 アタシは肺の奥底に溜った重い空気を吐き出しました。本当に……本当に重い空気です。吐き出さないと身体に毒になりそうでした。


「ふぅ……」


 コムさんもアタシを見て、同様に肺の空気の入れ替えを行っています。


「疲れましたね」


「うん……疲れたね」


 アタシ達は重苦しかった物語への疲労感を口にすると、その後は率直に事件への感想を語り始めます。


「でも……古事記ってスゴイですね。まさか【狂気】の原因になっちゃうとか、思ってもみませんでしたよ」


 アタシは思いのままに発言しました。


「そうだね。そういえばさ……【古事記にも書いてある】的な言い回しって知ってる?」


 コムさんからは、そのような返答がされました。


「知ってますよ。ネタと言うか……ジョーク的なヤツですよね」


「うん。それなりに説得力がありそうに見えるってジョークだよ。でもね、今回の事件は……本当に【古事記にも書いてある】んだ」


「え?」


 えっと……古事記に現代の事件が載ってるとは思えませんが、どういう意味なんですかね。喋るのにも疲れましたし……アタシは表情で語る事にします。


「まずは……木花咲耶姫このはなさくやひめって知ってる?」


 アタシの表情はちゃんと伝わったようですね。会話は繋がります。


「聞いたことはありますけど……詳しくは知らないですね」


「これ、古事記に載ってるんだけど……大山津見神の娘は阿陀比売命と石長比売いわながひめの二人いて、阿陀比売命の事を別名で木花咲耶姫と言うんだ。そして彼女達は瓊瓊杵尊ににぎのみことに嫁ぐんだけど……瓊瓊杵尊は美女であった木花咲耶姫と結婚し……醜女であった石長比売は送り返したんだ。これってさ……今回の話に似てると思わない?」


 コムさんから聞かされた話。その話と大野さんの物語は似ているどころではありません。アタシの表情はコムさんに驚愕を伝えていました。


「そしてね……石長比売と結婚したのなら石のように永遠を生きることができ、木花咲耶姫と結婚したのなら花のように命が散るとされているんだ。だからこそ、今回の事件の関係者は皆……命を散らすしかなかったと言うのは、結果論が過ぎるかな」


 図星なまでに【古事記】は今回の事件を指し示していました。それはまさに予言書のようです。いやはや【古事記】はスゴイですね。しかし……何か救いはなかったのでしょうか。


「そうだね……実は木花咲耶姫は瓊瓊杵尊との間に子を産んでいるんだけど、その際に産屋に火をかけられているんだ。しかし、その炎の中でも子供は産まれた。今回の事件でも宇多さん夫妻の間には子供が産まれていて……事件の難から、その子だけは逃れられているのが唯一の救いなのかもしれないね」


 炎の中ですか……。宇多さん伊能さん達の死亡現場を思い起こします。なるほど……とことん【古事記】尽くしなんですね、この事件。


「ちなみに炎の中で産まれた子供の子供。つまりは木花咲耶姫の孫に当たる人は有名人なんだけど……知ってる?」


 ん? 有名人ですか? 誰でしょうね、あまり神話の神様とかは詳しくないので思いあたりがないんですけど……。


「それはね……神武天皇だよ」


 あ……そこに繋がるんだ。そっかそっか……。なるほど、救いがないとは思っていましたけど……唯一の救いが見えた気がします。きっと宇多さんの子供さんは子々孫々、長く続く家系の祖として幸福に暮らしていけるのではないでしょうか。だって、そう【古事記にも書いてある】んですから。




 第7話 『宇多宇多伊能阿伊能宇多』 了


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