第17話



 どれくらいの時が過ぎたのでしょう。アタシはずっと、頭を捻らせたまま思考を巡らせていました。捻りすぎた挙げ句、頭が180度捻られ、そして360度捻られた結果……元の位置に戻ったとでも言わんばかりには頭を捻らせたんです。そんなこんなで首に負荷を与えながら考えていたアタシですが、大庭さんの問いかけに対する答えはまったく見つかりません。


 そして、コムさんはと言えば……最初からわかってました的な余裕を見せつけるかのように足を組んでいますね。ずっと頭を捻っているあーしを見て愉悦しているようです。頭に来ますね、イライラします。コムさんの愉悦に浸る頭部を物理的に捻ってやりたい、そんな思いにかられますが……そこは我慢して、あーしは再び思索にふけるのでした。


 考えても考えても答えは出ず、そしてコムさんの愉悦を感じては怒りを覚え……また考えるという流れを何度繰り返したのでしょう。まるで双六の振り出しに戻るマスに入っては、再度そのマスに突入していく無限ループのような展開が続いています。


 何度目の周回でしょう。もう覚えていない程のやり直しを経た時、コムさんが半分笑いながらも口を開きます。


「えっとね、この問題は知っていれば簡単なんだよ。でも推理小説のお約束からしたら……ちょっと行儀が悪い。知らなくても仕方ないよ」


 コムさんの半分笑いは、言い終わった後には全部笑いに進化を遂げていました。あーし、もう【激おこ】です。いや、問題の時代設定からして【激おこぷんぷん丸】の方が適切でしょうか。そんな事を考えながらも……時は流れていくのです。




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 アタシは手中に旗を具現化すると、それをコムさんと大庭さんに向けてパタパタ振りました。降参の白旗です。生意気言ってすいませんでした。


「源氏ですかな?」


 大庭さんはアタシの身振り手振り旗振りにそう返答します。解説しますと降伏を示す白旗というのは、かなり近代の概念でして……日本で言えば源氏の旗として有名なのです。つまりは交戦意欲満々に見えるってわけですね。ちなみに平家は紅色の旗を用いていて、それが紅白歌合戦や学校の運動会での紅組白組の由来になっているんです。そう考えると……小学生が使う紅白帽って、実は裏切りを前提としてる仕様になっているのではないかと思うんですが、教育上どうなんでしょうね。


「彼女は降伏を表現しているんですよ」


 アタシの旗振りの本意を解説してくれたコムさん。


「申し訳ありません、戯れです。拙者も白旗の意味は理解しております」


 アタシからかわれてたみたいです。まったく……お二人共、性格が捻じ曲がってますね。多分、捻じ曲がりが180度のまま止まっちゃったんでしょう。せっかくなんで、アタシがもう180度だけ回転させてあげましょうか……物理的に。


「答え……言ってしまってもよろしいですか?」


 コムさんは大庭さんにそう尋ねると、大庭さんは頷きを返し了承の意を示しました。そしてコムさんが口を開きます。


「答えはね……【じろう】さんだよ」


「は?」


 アタシは……二郎さんが家督を継げなくて、それならば誰が継いだのかを考えていたんです。その答えが二郎さんと言うのは……これいかに? 実は二郎さんは二人いたのだ! とか、実は家督の座が二つ存在したのだ! とか……そんな手法なのでしょうか。


「えっと……二郎さんって二人いたりします?」


 アタシは思いつきを確認する為に、大庭さんに質問をしたのですが……なぜか、その返答はコムさんから返ってきます。


「二郎さんは一人しかいないけど……【じろう】さんは二人いるよ」


 これは、ひょっとすると……二郎さんには魂の人格とやらが混在していて、その魂の荒ぶりが抑えられない時に現れる隠されたもう一つの人格……そういった類の話なのでしょうか。そういうのは……他でやってください。


 そんな事を思いながら表情を千変万化させていたアタシを見て、コムさんが口を開きます。


「音で伝えるのは難しいんだけど……そうだね。【じろう】さんには数字の二を表す漢字を用いる二郎さんと、次という漢字を用いる次郎さんがいるんだよ」


 ん? ああ、そっかそっか。二郎さんと次郎さんですね。言われてみれば、確かにその二種類ありますけど……それに何の違いがあるんでしょう。


「拙者の二郎とは十二番目の男子を意味するのです。そして次の字を用いた次郎は、その字のごとく次男でござる」


 アタシの表情が万変億化しているのを見た大庭さんが解説を入れてくれました。しっかり聞きましょうね。


「家によっても異なりますが、男子の幼名での序列は太郎、次郎、三郎……十郎、与一、二郎、与三郎。概ね、かのようになってござる」


 なるほど。二番目の子には次の字を当てた次郎と名付けるので、漢字の方の二は余っている。だから十二番目の子に、その二の字を使って二郎としたと……そういう事でしたか。


「ちなみに家によっては……何番目に産まれようが嫡男を三郎や四郎と名付ける独自ルールを持っている場合があるんだよ。だから絶対に数字順とはいえないんだけど……」


 コムさんが補足を入れてくれました。その後を大庭さんが継ぎます。


「拙者の家は至って普通。数字順でござる。さらには次郎は正妻の子でもありますので……至極当然に家督は次郎が継いだのです。拙者にお鉢が回るような事などありえませぬ」




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