第14話



「お侍さんだぁ……」


 コムさんが室内へお客様を迎え入れると、そのお客様の容貌にアタシは思わず口を開いてしまいました。その方は、月代さかやきと呼ばれる頭髪の前部から後頭部にかけての剃り上げに、服も和服と言いますか……小袖の着流し姿だったんです。これぞお侍さんと言わんばかりの姿だったんですから……仕方ないですよね。


 コムさんはお侍さんを部屋の片隅のソファーへと案内していますね。そして、その中央に座るよう促すと……お侍さんはそれに恐縮しながらも腰を下ろしました。いかにもお侍さんらしいと言いますか、ソファーであっても正座で座るようです。


 えっと……先程は『これぞお侍さん』と表現したのですが……すいません、前言撤回します。


 お侍さんは正座する際に履物をソファーの前に置いたんですが、それは草鞋わらじではなく……健康サンダルでした。多分、この方が履きやすいんでしょうかね? 立っているとわかりにくかったんですが、座ると足元だけ楽をしていたというのがバレバレです。


「ああ、これは草履より履きやすいからでござる」


 アタシの視線はバレていたようですね。自己紹介より前に言い訳させてしまいました。面目次第もございません。




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「拙者、大庭政直おおばまさなおと申す」


 お侍さんは自身を大庭政直と名乗りました。アタシとコムさんも自己紹介を返します。良かった。自己紹介で、『やあやあ、我こそは』みたいな口上を述べられたらどうしようかと思いましたよ。


「本日はお越しくださいまして、恐悦至極です」


 コムさんが大庭さんに来訪していただいたお礼を述べていますが、発言がお侍さんに引っ張られて古風になってますね。ちょっと面白いです。アタシは『苦しゅうない』とか言いたくなったんですけど……それは我慢してお礼を述べましょうか、現代風にですけどね。


「ありがとうございます」


「いえいえ、こちらこそお招きいただき、かたじけなく存じます」


 これで社交辞令的なやり取りは済みましたね。そこからは井戸端会議か世間話かと言った会話が始まるのです。


 やはりというか……当たり前ですけど、大庭さんはお侍さんでした。何でも戦国時代末期から江戸時代にかけて活躍していたようです。私が現世にいた時の日本史で言えば、人気ランキング・ナンバー1の時代だけに……これは面白そうな話が聞けそうですね。コムさんも期待しているのでしょうか、普段はやる気の感じられない表情なのに、今は目を輝かせている少年のようにも見えます。風貌はおっさんだというのに、身の程をわきまえてほしいですね。


「どうですか、お飲み物でも……。獨酒どぶろくでよろしいですか?」


 世間話の途中、大庭さんが語る際の潤滑油としてでしょうね。コムさんは大庭さんにお酒を勧めました。アタシ知ってますよ。戦国時代のお酒は獨酒と呼ばれる、にごり酒が一般的だったんです。だからでしょうね、コムさんも獨酒を勧めたのでした。


「いえ、拙者はお茶を所望いたす」


 大庭さんは下戸なのでしょうか……お酒を遠慮して、お茶を希望されました。コムさんはそれに応えてお茶を具現化させます。いかにも時代劇で見るような上品な茶托ちゃたくと、同じく上品な湯呑み。コムさんが丁寧に急須からお茶を注ぐと、その色は新緑が鮮やかに映えていました。


 透明感のある緑色の液体を喉に流しこんだ大庭さんは、その液体を形容するに相応しい爽かな表情を見せます。良いお茶というのは心を落ち着け、朗らかにするものなのでしょう。アタシも、なんとなくわかりますよ。


 さあ、世間話も一段落付きましたし、お茶の提供も出来ました。本題がそろそろ始まるのでしょう。そういう空気になってきています。アタシとコムさんもソファーに腰掛けました。


 そして……大庭さんはひと呼吸置くと、自身の持つエピソードを晴れ晴れとした表情のままに語り始めるのです。




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「時は天正年間。拙者……大庭二郎政直は兄弟と共に、父の|杉清政(すぎきよまさ)に呼ばれておりました」


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