猫の手も借りたいけれど

@mia

第1話

 今うちの課は忙しい。

 全部課長のせいだ。

 アットホームな雰囲気が好きだったけど、今は恨めしい。

「忙しそうだから手伝うよ」という課長の言葉に上司が甘えた結果、過去のひと月分のデータが消えた。


「バックアップがあるから、大丈夫ですよ」と、のんきに言っていた上司の顔色が変わる。

 バックアップデータも消えていた。

 意味わからない。なんでバックアップが消えるのか。

 その結果、残業が続いている。


「彼氏に振られたら、監督署に訴えるー」


先輩のグチをどう受け取ったのか、課長がよその課から人を借りてきてくれたが……。


「猫の手も借りたいと思っていたけど、本物の猫の方がよかったわ」


 先輩のグチは止まらない。どこの課も忙しいのだから、貸し出せる人なんて推して知るべしだよね。

 私も、若様と触れ合いたい。

 若様は家で飼っている黒猫の名前だ。

 黒→九郎義経→牛若丸→若様

 どうしてこうなったと思わなくもないが、ぴったりだと思う。

 譲り受けた子猫の頃から、可愛いときれいと美しいをあわせ持った子で、品も感じられるし、外見だけじゃなく賢くて、トイレもすぐ覚えたし、私が落ち込んでいると「撫でさせてやる」というようにわざわざ膝に乗ってきてくれる。

 でも、台所からおやつ取ってきたりする野性的なところもある、とてもとてもかわいい子なのだ。


 その若様と残業が続くせいで触れ合えない。

 若様はおばあちゃんに一番なついている。

 おばあちゃんは九時には寝てしまうが、若様もおばあちゃんの部屋にこもってしまう。

 私が家に帰るのは九時過ぎなので、若様に会えない。

 今までこんなに長く会えないことはなかった。

 おばあちゃんの部屋から音が聞こえるときがあるので、若様は起きている。

 寝ているおばあちゃんの部屋に勝手に入るわけにもいかない。自分がされたらイヤだし。


 終わった。やっと終わった。

 残業続きの日が終わった。

 課長がみんなで食事でもと言い出したが断った。

 先輩はデートだし、私は速攻で家に帰る。

 おお、久しぶりの若様。

 さっさと着替え化粧を落とし若様を抱きしめるが、いつもと違い逃げない若様に涙がにじむ。

 ありがたくお腹を吸う。

 ああ、これよこれ。今までの疲れが消えていくようだ。


 猫に借りるのは、手じゃなくてお腹よね。

 

 


 



 


 

 





 


 

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