5-7
「あの後は二人で服を見たりして、お茶してから帰ったよ」
夏紀が指輪をもらった経緯を話し終えた頃、徹二がハルにオムライスを持ってきた。巷では卵を半熟にさせたものやデミグラスソースのものが流行っているけれど、ハレノヒカフェはシンプルに、普通に巻いただけ。ソースもケチャップだ。
「ハルって料理にこだわるのに、これはシンプルだよね」
「いつかは変えるかもしれないけど。ど定番メニューだから、シンプルに拘った」
夏紀とハルが話す隣で、徹二はどこに運ぶのか悩んでいた。
一番珍しい客は勇馬だけれど、彼から注文は聞いていない。
ハルが持って来いと言ったけれど、誰が食べるとは聞いていない。
「テツ、それ、ここ置いて」
ハルは言いながら立ち上がり、そのテーブルにオムライスを置かせた。
「城崎さんもナツも、食べたことがある」
「俺も二次会の時にいただきました」
「私も! あ、夏紀とも何回か食べたけど」
ハレノヒカフェのオムライスを食べたことのある人たちの顔を見て、ハルは少し笑った。本当に美味しいよね、と話すのを聞きながら、徹二のほうを見た。
「テツ、これ、食べて」
「え? ぼ、僕ですか?」
「そ。作ってるのに味を知らないって、ダメでしょ」
座って、とハルに促され、徹二は夏紀の隣に座った。
そしてその場にいる全員から注目される中、いま自分が作ったばかりのオムライスをスプーンで切り、口に入れた。
「確かに……人気なだけあって、美味しいです」
皆に注目されていることも忘れ、徹二は夢中でオムライスを食べた。
ちょうどお腹が空いていたのもあって、スプーンを持つ手が止まらない。
「これなら、オーナー、変えなくても、今のままでじゅうぶん美味しいですよ。毎日でも食べたいです」
「毎日は飽きるでしょ」
ハルにさらっと言われたけれど、徹二は本当にそう思った。
もちろん夏紀もそう思ったし、他の誰もが同じだったはずだ。
「でもさ、ハル、これ本当に美味しいよ。今まで食べたどのオムライスより」
「当たり前でしょ、俺のレシピなんだから」
真顔で言いながら、ハルは夏紀を見つめる。それがどういう意味なのかはわからないけれど、ハルは料理に自信たっぷりだ。
徹二は残ったオムライスを食べながら、ずっとあることを考えていた。
けれど、どれだけ考えても、食べ終わっても、答えを出すことは出来なかった。
「テツ、答え、出た?」
徹二が考えていたのは、オムライスの隠し味のこと。
美味しいのは、一口目で分かった。けれど何が入っているのかは、最後までわからなかった。味を思い出しながら考えても、やはり答えは出ない。
「全然わからないです。何なんですか?」
「作ったのはテツなんだから、何を入れたかくらい、わかるでしょ」
ハルはすこし冷たい表情で、じっと徹二を見た。徹二は困って悩みながら、調理の工程を思い出してみた。他のメンバーも味を思い出しながら、何を入れたのか一緒に考える。
「テツ、自分が何をしてるか、わかって作ってるよね? まさかお客さんに何を出してるのか、わかってないとか」
「それはないです! ちゃんと、オーナーのレシピ通りに作ってます!」
なら良かった、と言って、ハルは店内を見渡した。連休を利用して遊びに出掛けた人が多いのか、テーブル席には珍しく客はいない。
「材料を炒めて、ケチャップで味付けして、ご飯を入れて……、卵を焼いて、巻いただけですよね?」
意外と一般的な作り方で、夏紀は少し笑った。
ハルのことだから工程に拘ってそうな気がしたけれど、考えすぎだったらしい。
「他に入れたものは?」
「他に? 塩胡椒、ですか?」
「それ以外で」
相変わらず態度の冷たいハルの質問に、徹二はだんだん自信を無くしていく。何を入れたか徹二がわからないのなら、もちろん夏紀にもわからないだろう。
「城崎さんはわかる?」
「ううん。お手上げ。私も作ったことはあるけど……オーナーがブレンドした調味料なんて、使ってないもんねぇ」
ハル以外の全員が「うーん」と悩む中、ハルはコツコツと靴音を鳴らしながら窓の方へ歩いて行った。
彼の後姿を見つめながら、夏紀も悩んでいた。ハルはオムライスに何を入れるのか──。窓際の席に座ったハルの横顔が、ものすごく優しく見えた。もちろん、ハルは夏紀には優しくしてくれるようになっていたけれど、それとは違う優しさだった。
「あっ、もしかして!」
夏紀は席から立ち上がり、ハルに駆け寄った。
そして思い付いた答えを言うと、ハルは笑顔になった。
「さすが、俺が認めただけあるよ、ナツは」
ハルは立ち上がると、カウンターに戻りながら徹二を呼んだ。
「テツ、前に言ったよな。この店が好きだ、って」
「はい。言いました」
「城崎さんは? この店、好き?」
「もちろんよ! お店もだけど、お客さんもね。来る時はどんな状況でも、帰るときにはみんな笑顔で──」
そこまで言ってから、ようやく恵子も気付いた。
ハルがハレノヒカフェを雨の日も営業することに決めた理由。
「隠し味なんて、何も入れてないよ。そりゃ、材料にはちょっと拘ってるけど、あとは何も変えてない。この店が好きだから、お客さんには笑顔で帰ってもらいたい。そして、また来てもらいたい。その気持ちが料理を美味しくするんだよ」
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