5-3
カフェの前で車を停めると、ハルはトランクから荷物を出した。夏紀が降りるのを待って、並んで店へ向かう。
店の前で待っていた徹二は夏紀を見ると笑顔になり、ハルは不機嫌そうな顔をした。もちろん、夏紀が自分から離れることはないと、ハルは確信しているけれど。徹二の隣には恵子もいて、夏紀の帰りを待ってくれていた。
「ただいま。すみません。帰る時間過ぎてるのに」
「良いのよ。夏紀ちゃんの顔を見てから帰りたくって」
ありがとうございます、と言いながら、夏紀は恵子と徹二にお土産を渡した。特に名物の無いところだったので、よくあるお茶菓子だけれど。
「それにしても温泉のツアーって、若い子少なかったでしょ?」
「はい。私とさやかだけでした」
でも、それが逆に楽しかったですよ、と笑いながら、夏紀は旅の土産話を続けた。新婚のさやかも今のところ、喧嘩せずに楽しく暮らしているらしい。
「そういえば、今度、旦那さん連れてここに来るって言ってましたよ」
「本当に? 楽しみ!」
「それまでに僕も、オーナーからいろいろ教えてもらって……」
料理の腕を磨きたい、と徹二は夢を語り始めたけれど。
既に二階の仮の新居に戻ってしまったハルが夏紀を待っているからと、恵子が話を止めた。
「オーナーから好きなもの取ったら、怒られそうだもん」
「あー、確かに……。夏紀さん、早く」
徹二と恵子は笑いながら、行ってあげて、と二階を指差した。
二人がカフェから出るのを待って、裏口にカギを掛けてから夏紀は二階へ行った。
階段を上っていると、美味しそうなにおいがした。
(本当に温めてくれてる……)
普段の食事は夏紀が用意することになっているけれど、洋食はハルのほうが得意だ。実際にお店で出しているだけあって、家でも本格的に作ってくれている。
「ハルー、すごい良い匂い……もしかして、ポトフ?」
キッチンにハルの姿を見つけ、夏紀は鍋の中を見た。
大きめに切った野菜とソーセージが、コンソメスープの中でゴロゴロだ。
「そ。でもこれは、ナツが食べ慣れてるのと違うかも。ヒント、この街」
「え? 街? ……なんか、ハーブの匂いがする……あ! わかった! プロヴァンス風!」
「正解。いろいろと、この街のおかげだからね」
もし、この街が存在しなかったら──。
夏紀はさやかと出会っていないし、ハレノヒカフェもなかった。
父親について地元に戻ってきたとしても、木下家の向かいにはならなかっただろう。
「あと──ナツにも。そもそも、これが一番大事だから」
ハルは器に温めたポトフを入れてから、星形に切ったチーズを可愛く並べた。
「結婚式の日だけどさ」
荷物を片づけてお風呂にも入り、夏紀とハルは同じベッドにいた。
もともとハルが一人で使う予定でシングル一つしか置いていなかったので、二人で寝るにはもちろん窮屈だ。
初めて夏紀がハルに会ったとき、彼はものすごく冷たい話し方をしたけれど。
本当はものすごく優しい人で、夏紀のことを大切にしてくれた。
今も夏紀がベッドから落ちないようにと、夏紀を壁のほうに寝かせ、しっかりと腕の中に抱いている。
「俺の希望──六月が良い。無理そうなら五月でも良いけど」
「えっ、なに? ジューンブライド希望?」
夏紀が笑いながら聞くと、ハルは真剣な顔をした。
「ナツ、ジューンブライドの由来って知ってる? そもそも六月って梅雨だから、昔は結婚式する人は少なかったらしい」
「うんうん」
「もともとヨーロッパの話でさ。春は農作業が忙しくてそれどころじゃなかったから、気候も良い六月にする人が多かったんだって」
「へぇー。でも、なんでそれが日本で広がったの? なんでハルは」
六月が良いの? と夏紀は聞こうとして、ハルの顔を見てやめた。
いつかどこかで見たような、ものすごく冷めている表情が──。
「ナツが俺と出会ったのは、ナツが傘を持ってなかったから。覚えてる?」
「うん」
「二回目──駅で会ったとき」
「あ! 梅雨だ! 六月だった!」
ハルと夏紀の歯車が回り始めたのは、ちょうど初夏の頃。
最初に傘を貸してくれたのは春だったけれど、二回目に会ってハレノヒカフェに通いはじめたのは、梅雨の六月だ。
「日本で広がったのは、もともとは式場関係者が売上低下を防ぐための作戦だったんだって。もう、もうちょっとあの時のこと覚えといて欲しかったな」
「ごめん、あの時も嬉しかったけど、今のほうが……」
幸せだから、という言葉は、上手く伝えられなかったけれど。
ハルはもちろんそれを理解していて、「何?」と聞く代わりに夏紀の髪を撫でた。
「六月、空いてるといいね。みんな来てくれるかなぁ。そういえばハルって、モデル仲間、いるの? 芸能人とか!」
「──いるよ。でも、有名人呼んで、迷惑にならない?」
「ならないよ。ハルがもっと人気出れば、周りにそういう人が増えるだろうし」
慣れないと、と言いながら夏紀は、チャペルで挙げて披露宴は盛大に、と結婚式のイメージを話した。さやかの時のように、改めて二次会もしたい。
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