3-3

 夏紀は、ハルとの出会いが運命だった気がした、けれど。

 彼は夏紀には特に興味は無さそうで、辞めようとしてもカフェに引き留めなかった。周りが勝手に噂して、夏紀の片想いで、別に運命ではなかったのかもしれない。

「そういえば、こないだカフェの前に、また『ピアノ弾ける人、募集』のポスター貼ってたよ」

「ふぅん……」

 夏紀がハレノヒカフェでのピアノを辞めてから客が減った、とさやかは続けた。仕事帰りの電車が偶然一緒になって、そのまま並んでプロヴァンスを目指して歩いた。その道の途中には掲示板があって、そこにもハレノヒカフェのポスターは掲示されていた。

「なんかさ──もう、何なの、って思うよ」

 夏紀を採用するつもりだったと言いながら、辞めるときには引き留めない。

 代わりにまた、別の人を雇おうとする。

 それなら最初から、傘を貸してくれないで放っておいてほしかった。

「出会わなかったら、気にしなくて済んだのに……。何がしたいのよ」

 周りの勝手な噂にも、触れないでおいてほしかった。

「ごめんね、さやか……本当に、良いカフェだったのに、行けなくなって」

「ううん。気にしないで。そうだ、今度、どっか遊びに行こ! パァーっと! ね!」

 詳しくはまた連絡する、と言い残し、さやかはそのまま頂上を目指した。夏紀は家の門を開けようとして、ふとその手を止めた。

 久しぶりに、ピアノ教室の二階からオカリナの音色が聞こえた。

 窓は閉められていて、もちろんカーテンもひかれているけれど、夏紀はそれを聞き逃さなかった。大好きな優しい旋律を聞いて、沈んでいた心は少しだけ軽くなった。

(もう……忘れよう、あの人のことは。会わないんだから)


 オカリナの演奏が終わるのを待ってから夏紀は家に入った。

 そしてリビングにいた母親に笑顔で「ただいま」と言った。

「おかえり。……どうしたの夏紀、良いことあったの?」

「え? ううん。電車でさやかと一緒になって……」

 オカリナのこと以外を話しながら、夏紀は二階へ上がろうとしていた。

 階段を数段上ったところで、明美に呼び止められた。

「ねぇ、夏紀、こないだの……お見合いの話だけど」

「やーだ、自分で探すから。断っといて」

「あのねぇ。向こうも、嫌がってるんだって」

 それなら都合が良かった、と夏紀は思ったけれど、会ってもいない相手に拒否されるのは少し悲しいと感じた。

(まぁ……私も同じことしてるんだけど)

「だから夏紀、本当にちゃんと探すのよー?」

「はーい」

 学生時代から付き合っていた人。

 ハレノヒカフェのオーナー・ハル。

 半年の間に夏紀は二回も辛い思いをしたけれど、なぜか未来は明るい気がした。

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