1-6

 春は少し過ぎてしまい、どちらかというと初夏。

 プロヴァンスの街には緑が多くなり、過ごしやすい気候になった。もう一月ひとつきもすれば暑い夏がやって来る、その前には梅雨が来て鬱陶しい気分を連れてくる。

 木下ピアノ教室の発表会には、高校生から大学生くらいの男の子が多く参加していた。夏紀が辞める直前に習っていたような難しい曲はなかったけれど、みんな丁寧に、かつ抑揚もつけて演奏していて、ものすごく好感が持てた。

 発表会のあと、夏紀は木下夫妻にお茶に誘われた。夏紀の両親は用事があって帰ったので夏紀も遠慮したけれど、「どうせすることないんでしょ」と言う明美に「それじゃーね」と残されてしまった。

「片付け、手伝いましょうか?」

 夏紀は容子に聞いたけれど、それは拒否されてしまった。

 客に手伝わせるわけにはいかないと、容子は夏紀にソファをすすめた。仕方なく座って部屋を見渡すと、家族写真が飾ってあるのが見えた。

「この子、かわいい……息子さんですか?」

 春らしいスーツを着た良夫と容子の間に、ランドセルを背負って笑っている男の子が写っていた。入学式の写真だろうか、満開の桜の木の下で、ポーズを決めて嬉しそうに笑っていた。

 部屋にいた良夫に尋ねると、彼はため息をついた。

「うちのバカ息子だよ。何の仕事してるんだか、うちにはほとんど帰って来ない。今日だって、せっかく夏紀ちゃんが来てくれるから呼んでやったのに、来ないし」

「あの、私がどうして……?」

「いや、ははは、夏紀ちゃんがうちのお嫁さんだったら良いなぁって……」

 ちょうどそのとき、容子が紅茶とケーキを運んできた。そして良夫の言葉に補足説明をしてくれた。息子はもういい歳をしているのに、いつまで経っても結婚しようとしないから、いっそ夏紀を出会わせて──と、考えていたらしい。

「ははは……そうなんですか……」

 夏紀は夫妻の理想の女の子だったかもしれない。

 けれどもちろん、夏紀は夫妻の息子と会ったことはない。

 その気持ちは嬉しいけれど、夏紀はその話に乗る気にはならなかった。例え好みのタイプだったとしても、結婚相手とは運命的な出会いをしたいと思う。

 夫妻の息子の話はそのあたりで終了し、夏紀は発表会の感想を二人に伝えた。

 生徒たちの演奏は上手かったけれど、まだまだ上を目指せると思う。そして技術が上達した時には、もっと沢山の人に聞いてもらえるような大きいホールでの開催を、と希望した。

 今日は本当にありがとうございました、と夏紀が教室を出ようとドアを開けると、容子が「夏紀ちゃん」と呼んだ。

「また、うちにいつでも来てちょうだいね。あの話──息子のことは気にしなくて良いから。夏紀ちゃんには関係ないものね」

「はい……。それじゃ、失礼します」

 夏紀は夫妻に礼をしてから、ドアの外に出た。

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