失ったものと得たものと
彩京みゆき
第1話
春。
大学に通うため息子は上京し、妻と私は家に二人きりになってしまった。
見送った晴れやかな顔の息子を思い出すと、若者は何と希望に満ちて前を向いているのだろう、と改めて感じさせられる。
残された中年二人は、少し静かに広くなった空間を持て余していた。
妻は休日には『断捨離』と言って不要な物を整理しながら小さくため息をついては、時々無意味に宙を見つめる。
改めて、人一人の存在というものは大きいものだ。
鬱々としたようなその表情に、何か打開策を考える私の日々だ。
何か趣味を持つ事を薦めようか。
それとも、SNSなんかもいいぞ。
***
ある日の休日。
ホームセンターの買い物ついでに敷地内にあるペットショップに立ち寄った。
猫に穏やかに微笑みかける妻の横顔を見て、私は思い立った。
この際、猫の手でも借りよう。
私は思い切って妻の後ろ姿に語りかける。
「なあ、猫でも飼おうか…」
目を見開き、妻はまじまじと私を見つめた。
「あなた、それ本気?」
「ああ、まあ…」
「まあって…。
まるで衝動買いみたいに簡単に言わないでよ。
あなた猫の飼い方なんて知ってるの?」
「…いや、あまり…」
「あまりって。
オモチャじゃなくて生き物なのよ。
命にはきちんと責任を持たないといけないんだから」
「ああ…」
「ああって…」
何だか怒られているぞ。
夫の気持ち、妻知らず…。
と思いつつも、最近何にでも上の空だった彼女の様子を思うと、少しいい傾向かもしれない、なんて呑気に思うのだった。
「まあ、ねぇ…」
と、顎に手を当てがい考え込む妻。
「本気で飼うなら、本気で考えてみないとね…」
そう言って私を見上げた妻の顔には、久しぶりの満面の笑顔が現れていた。
猫の手を借りた結果。
怒り
失ったものと得たものと 彩京みゆき @m_saikyou
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