転移冒険者と不幸女神に幸あれ!

速風

第1話 異世界に行きたくないんだが?(まぁ行くんですが)

天道テンドウ歩夢アユムさん、残念ながらあなたは死んでしまいました」


 そう告げられた俺は、その場で立ち尽くすしかなかった。


 目の前にいたのは、アイドル顔負けの美貌の持ち主。

 金色の髪は長く腰まで真っ直ぐ伸ばし、青い瞳はとても綺麗で吸い寄せられるようだった。

 スレンダーな体型を包むように纏う白いドレスと相まって、その姿は海外とかで見るような女神の絵画にそっくりであった。


 真っ白な部屋。

 本当に何もなく、ただ真っ白な景色がどこまで広がっている、そんな場所だった。

 死後の世界がこんなものなのかと、思わず納得してしまうくらいだった。


 正直、自分の死にそこまで驚いていなかった。

 その原因を、俺はよく理解していたからだ。


「確か、工事中の鉄骨が落ちて来たんだよな?」

「はい、最も落ちて来たのはあなたのもとでは、ありませんが」

「知ってる」


 俺はその時のことを思い出す。


 高校生だった俺は、今日もいつも通り学校に登校している最中だった。

 何の変化もない、平穏な日常だと思っていた。


 登校中、目の前に一緒に歩く親子がいた。

 子どもは幼稚園児くらい、母親と楽しく今日の晩御飯は何かと話している姿は、俺にとっては少し羨ましかった。

 俺はもう得ることのない、光景だったからだ。


 俺の両親はどっちとも他界した。

 その後は祖父母に引き取られた訳だが、当時は五歳くらいだ。

 そりゃあ、多少なりとも恋しくはなるさ。


 そんな感じで、ちょっと羨ましいと思っていた頃だった。


『危ない!!』


 親子の頭上。

 その付近で、工事していた場所があった。

 原因は分からないけど、親子の頭上から鉄骨が落ちて来たのだ。


『間に合え!!』


 考えるよりも先に動いていた。

 俺は親子を押しのけ、代わりに俺が下敷きになる状態になっていたと思う。

 意識も衝撃と一緒に吹っ飛んだせいで、その後はよく分からない。

 でも次に目を覚ましたらここ白い部屋だったということは、つまりそういうことなんだろう。


「その、親子は大丈夫だったか?」

「えぇ、あなたが助けたお蔭で無事に」

「そうか、それは良かった」

「良かった、ですか。未練はないのですか?」


 未練、未練か。

 ないと言えば嘘になる。

 祖父母に恩返しができていなかったんだから。


 でも、言っても仕方ないことだ。

 死んじゃったんだからな。


「それで、俺はこれからどうなるんだ? こんな場所にいるってことは、何かあるのか?」

「えぇ、そうです。その前に自己紹介をしておきましょう。私の名はフェアナ、死んだ魂を導く女神という認識で大丈夫ですよ」


 なるほど、だからか。

 どこか神秘的な雰囲気を纏い、同じ年に見えるのに大人びた感じがしたのは。


「あー、敬語で話した方が良かったですか?」

「いえ、気にしないで下さい……もう慣れました」


 小声だけど聞こえたよー。

 この人、いや女神か、色々と苦労してるんだな。

 だってもう明白なくらい渇いた笑み溢してるんだもん。

 代表として謝罪しておこう、すみませんでした。


「こほん、それで話を戻しますね。あなたには二つの選択があります。一つは記憶をさっぱり消して転生すること。もう一つは、今のまま異世界・・・へ転移することです」


 異世界か、どんな所なんだろう。


「そうですね、言ってしまえば、ゲームのような所です。魔法ありスキルありのファンタジーな世界です」

「危険な臭いしかしませんね、それは」

「珍しいですね、普通なら異世界に行けると言われれば、死んで良かったとよろこぶ馬――不思議な人がいますから」


 つっこまない方が良いのだろう。

 おそらく『馬鹿』と言いかけたことは、絶対に言ってはいけない。

 死んでここに来た奴らよりも、俺はフェアナの方が同情したくなってきていた。


 ちなみに異世界についてより詳しく聞くと、思ったより大変らしい。

 魔王と呼ばれるものが存在し、彼が率いる魔王軍によって世界は危機を迎えているとか。

 勿論、異世界にも強い戦士は何人もいるのだが、それでも魔王軍は絶大な力のせいで不利なことには変わりない。


 しかも、問題はもう一つあった。


「魔王軍に殺される人達がここに来るんだけど、中には酷い殺され方してトラウマになって、その世界に戻りたくない人が続出しちゃったの。で、一つの世界に抱えられる魂にも限度があるんだけど、なさすぎるとそれはそれで問題が起こっちゃう」


 授業で聞いたことがあったな。

 生物の多様性で、どこか欠けると他の生物にも影響が及ぶとか何とか。


「で、その対策として、その世界と密接に繋がりのあるあなたの世界から、適正がありそうな人を送ることにしたの。ちょっとしたサービスも付けて」

「それは、まるで異世界に行きたくなりそうな話ですね」

「そうなんですよねぇ。それで釣られた単――凄い人達は、あなた達の世界で言う所のチート能力、もしくは道具を持って異世界に行くことになります」

「もう誤魔化さなくても良いですよ?」

「……なんのことでしょうか?」


 単純、単細胞、いずれにせよ罵倒したのは間違いない。

 本当に恵みを与えるべきは女神本人なんじゃないのか、と思う程フェアナの闇が深いように見えた。


「てかこれ、異世界に行って下さいって言ってるようなもんですよね?」

「正直な話、そうしてくれた方が助かります。あなたは人も良さそうですし、異世界に行っても生き抜けそうな感じもありますから」

「うーん、と言われても……」


 渋ってはいた。

 親がいなくても生きていけたのは、もうやるしかないっていう諦めがあったからだし。

 自分から危険な場所に飛び込むっていうのも、中々選べた選択じゃない。


 と色々と考えていた時だった。


――ガシッ


「えっ?」


 フェアナが俺の腰に抱き着いていた。


 突然のことで俺は混乱する。

 困惑ではない、混乱だ。

 美少女が俺に抱き着いているという状況だけで、俺は動揺してしまう。


 俺に女性の耐性はなかった。

 だって仕方ないだろッ、バイトとかでほとんど接する機会ない上に何話せば良いのかよく分かんないんだからよ!


「……です」

「は、はい!? な、なんでしょうか!」


 フェアナが顔を上げる。

 その顔を見た瞬間、俺は更に混乱した。


「お願いします! お願いなので異世界に行ってくださーい!!」

「え、えぇ……」


 必死な顔だった。

 それもドン引きしてしまうくらいの。


「いっそのこと連れて行って下さい! もうあんな馬鹿な人達と喋るのがしんどくなったんです!」

「それ女神が言って良いんですか!? てか何で俺なんですか!」

「だって、ようやくまともな人だったんですよ! さっきから・・・・・同情してくれたり気にかけてくれたり、自分のことよりも他人のこと心配したりって! この二百年間まともに優しくしてくれなかった私に優しくするなんてどういう神経してるんですか!」

「いや知らんわ、そんなの!」

「もう責任取って下さいよぉ!」


 カオスな光景とは、今のことを言うのか。

 女神が人間に願い事をする、普通は立場が逆だろうに。

 一体どんな人達に、フェアナは会って来たのか。


 てか二百年って……誰か気にかけてやれよ、本当に可哀そうじゃねぇか。

 神の仕事ってブラック企業かよ。


 今まで耐えていた反動なのか、それともこれが彼女の姿なのか。

 とにかく今のフェアナはさっきの神秘的な雰囲気はなく、ただただ美少女が不満を叫んでいる状態だった。


「私、これでも役に立ちますから! 優秀ですから! 異世界に行っても困りませんからぁ!」

「だーもう分かった! 行くよ、異世界! 行くから! あんたを連れて行く・・・・・・・・から! だからサービスの奴を――」


 その話をしようとした瞬間、足元から魔法陣が現わる。


「えっ?」

「あれ?」


 身体が宙に浮く。

 これではまるで、異世界に行こうとしているかのようじゃないか。


 俺はフェアナを見る。


「……あー」

「えっ、これどういう状況?」

「この部屋で持って行くものを決めたら自動的に魔法が発動するようになっていて」

「……つまり?」

「私がそれに適応されちゃったみたいです……てへ」


 俺は目を見開く。

 そして――


「――嘘だろおおおおおおおおおおおおッ!?」

「ごめんなさあああああああああああいッ!!」


 そうして俺とフェアナは、魔法の光に包まれていった。




 その数分後……


「大変です、フェアナ様! 今の部屋に問題があったのを修理屋がさっき……え?」


 白い部屋に天使が現れる。

 しかし、彼女はすぐに衝撃を受けることになる。


 フェアナが部屋にいない。

 そこから導き出される結論は、ただ一つであった。


「まさか、一緒に飛ばされて……」


 誰もいない部屋で、天使はそう溢すのであった。

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