8

「茜、私のこと嫌いでしょ。」

 だから考えないようにして、見慣れたグレーの袖口を引いて拗ねて見せると、茜はちらりと私を見下ろし、ぽんぽんと肩を叩いてきた。

 「そんなことないよ。」

 「奥谷の娘だからでしょ。」

 「そんなこと、ないよ。」

 昼間みたいに明るいコンビニの駐車場を抜け、自動ドアをくぐって一直線にアイスクリーム売り場に向かう。私と茜を仲のいい兄妹だと思い込んでいるらしいアルバイトのお兄さんは、微笑ましそうにこっちを眺めている。

 「ももちゃんソフトクリームでしょ?」

茜の白くて長い指が、近未来の棺桶みたいなケースの中からバニラソフトを一つ取り出す。

 私も習って手を伸ばし、茜の分のアイスを取って差し出す。

 「茜はチョコ最中。」

 「正解。」

 チョコ最中とソフトクリームを片手にぶら下げた茜は、もう片方の手でチョコミントのカップアイスを掴みだそうとする。今頃台所で皿洗いをしているのであろう奥谷の分。

 私はその手首を掴んで止めた。

 「ももちゃん?」

 首を傾げた茜がこちらを振り向いて、少し屈んで視線を合わせてくる。

 「なんか違うのにする?」

 呑気な台詞を吐き出す唇を、背伸びして塞いだ。奥谷が14歳の誕生日に買ってくれたサンダルは8センチヒールで、こんな時に便利だった。とても。

 アルバイトのお兄さんがなにかを取り落す音が、ここまで聞こえてくる。

 茜は一瞬驚いたように身を固くしたが、すぐに私の肩に手を置いて自分の身体から引き離した。焦りや動揺のかけらも見えない、丁重な動作だった。それは、どうせ私が奥谷の娘だから。

 「置いてってほしかったの。怖かったの。見つけられたくなかったの。私から逃げたんなら寂しくないじゃない。」

 言葉は勝手に喉から流れ落ちた。猛烈に具合が悪い時に、下を向いたらそのまま嘔吐するみたいに。

 「寂しいよ。」

 それに対する茜の返事も、やはり異様な滑らかさを感じさせた。

 「俺、親を自分で捨てたんだけど、寂しかったよ。」

 茜はそのまま、手に持っていたソフトクリームとチョコ最中だけ会計をした。

 アルバイトのお兄さんは、じっとうつむいて私と茜から目をそらしていた。いくら茜が童顔だって、私に手を出したら犯罪な年齢なのは明らかだ。ありがとうございまーす、と普段と変わらない軽やかさでコンビニ袋を受け取った茜は、何事もなかったみたいに笑って私を手招いた。

 「ももちゃん、どっかでこれ食べてから帰ろうか。」

 アイスのケースと並んで突っ立っていた私は、どうしようかと少し迷ったが、茜の手に従った。茜は私が葛藤している間、ただ自動ドアの向こうの夏の夜を見ながら待っていた。その横顔は驚くほど奥谷に似ていた。奥谷と茜は、似たような経験をいくつも重ねてここまで来たのだろうな、と思った。





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