6
「……茜。」
窺うように名を呼ぶと。茜は、うん?、といつものように笑みを浮かべた。
酷いプリン状態の金髪に、インドア派の学生みたいに白い肌。少女じみて繊細に整った童顔と、穴だらけの耳朶。
私ははじめて、茜を怖いと思った。
「使ったって、なにに?」
一生分の勇気を振り絞って問うと、茜は困ったようにふにゃりと眉を寄せた。
「そのうち分かるよ。」
その言葉は奥谷の逃避以上に茜らしくなかった。私を子ども扱いしてはぐらかすような物言いをする人ではなかったのだ。
だからそれ以上私はなにも問えなかった。そしてなぜだか強烈に、茜はそう遠くないいつかこの家を出て行くのだ、と思った。
怒り狂った奥谷と、その他の誰か……多分男だろう、に使われていたという茜。『義務教育』を終えたばかりの12歳からの2年間を、『犬』として使われたのだろう。その状況に耐えられなくなった奥谷はなにかをどこかに『通報』して、その結果茜は鑑別所送りになったという。そしてその元『犬』は、万引きで補導された私のクラスメイトに、身体の芯から出たような共感と同情を寄せていた。
うっすら分かってきたような気はした。茜と奥谷になにがあったのか。
「犬でいいからって、言ってたね。奥谷に。」
感情に引きずられるように出てきた言葉に、茜は小さく頷いた。
「犬って、なに?」
今度は頷きもしなければなんのアクションも取らず、言えないよ、とだけ茜は呟いた。
「もも乃ちゃんにもいつかは分かることだろうけど、それでも言えないよ。」
俺はここに来るべきじゃなかったね、と、茜は泣き笑いのように頬を固くして言った。
私はぶんぶんと首を横に振って、茜の肩先にしがみついた。もう、誰もなにも失いたくなかった。
「ありがとね。」
茜は私の肩を抱き返したが、今度は顔を寄せてもキスはしてくれなかった。気が付かなかったふりをしたり、私を子ども扱いしてごまかしたりもせずに、茜は低く、だめだよ、と言った。
いつも通りに6時半きっかりになったタイミングで、私と茜は台所のドアを開ける。
調理台替わりの折り畳みテーブルには、大皿に盛られたちらし寿司と夏野菜のサラダが用意されていた。
奥谷は振り向きもせず、無心に味噌汁の鍋をかき混ぜている。
私と茜は手分けしてちらし寿司とサラダをリビングに運び、箸やら麦茶やらもテーブルに並べて夕食の支度を整える。
奥谷は3人分の味噌汁椀を持って台所から出てきて、いつものように並んで座る私と茜の向かい側の椅子に腰を落ち着け、冷房を入れた。
「いただきます。」
私の音頭に続いて、奥谷と茜も手を合わせてから箸を取る。ちらし寿司には生姜がたくさん入っていて、いつもの夏の夜の味がした。
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