猫の手を借りると高くつく

秋雨千尋

猫さんお願い!人生で特別な日!

 小学校から続けてきたバレーボール。

 メンバーが集まらなくて、練習場所が見つからなくて、ボールを受けれなくて、そもそも練習相手がいなくて。ずっとうまくいかなかった。だからこそ、初めてスパイクが決まった時、ドシャットできた時、勝った時、喜びがたくさんあった。

 そんな私のバレーボールの集大成、高校三年生。全国出場をかけた決勝戦。


 ─浮かれて階段から落ちて指を骨折した。


 ベンチに座り込み、痛みに震える。メンバーと先生にバレたらスタメンを降ろされる。それどころか出番が絶対に来ない。嫌だ嫌だ、ここまできたのに。きつい練習に耐えてきたのに。全身全霊バレーに打ち込んできたのに。

 お願い、誰か助けて!!!

 来年も再来年も骨折していいから、今だけ治して!


「みゃあーお」


 顔を上げた先に、黒猫がいた。鼻の辺りから首の周りまで白いタイプの、ハチワレだ。くりくりの澄んだ目がこちらをじっと見ている。ああ可愛いなあ、抱っこして白い部分すりすりしたい。痛みを忘れてデレーとしていたら、猫はくるりと体を回転させてピカーッと光り始め、私の折れた指をペロリとなめた。


「試合終了。セットカウント2─0」


 不思議な猫の力で、私の指は奇跡的に治った。おかげで全力で戦うことができた。ジャンプサーブは決まり、レシーブは高く上がり、最高のタイミングでブロックできて歓声が上がった。驚くほどよく体が動いた。

 だがそれと試合の結果は関係なかった。

 仲間たちと抱き合いながら思い切り泣いて、対戦相手と握手して、関係者に頭を下げた。私のバレーボールは終わった。


 その日から奇妙な事が起きるようになった。

 行く先々で猫に話しかけられ、家までついてくる事件が発生し、あっという間にうちの庭は野良猫の集会所になった。お小遣いをほぼ使ってエサとオヤツを買い与えている。

 それからよく指を骨折するようになった。受験の日、チョコレートを渡す時、卒業式、大事な時に必ず折れてしまう。

 痛みで震える指を、ハチワレの猫が必ずなめて治してくれるのだ。


 猫は貸した手を返させる事なく、上書きして貸し続ける。

 それでもいいか。

 だって猫は可愛い!最高だ!大好き!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

猫の手を借りると高くつく 秋雨千尋 @akisamechihiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ