第8話 初めて

 インターホンを押す勇気がなくチャットで着いたことを伝えると、一分もしないうちに既読がつき、その後すぐに三方原くんが出てきた。


「三方原くん、こんにちは」


「こんにちは、桜庭さん。ささ、入って入って」


 男の子の家に来たのは初めてだから緊張する。「お邪魔します」と言ってから家に上がり、三方原くんの後ろをついていく。

 大好きな三方原くんの部屋、どんな感じだろう。楽しみだな。

 そんな期待を壊すようにリビングへ通された。


「リビングでするの……?」


 思わず口が動いてしまった。慌てて口を押さえようとしたけど、少し三方原くんの反応を見ようと思って胸元で手を押えた。

 三方原くんは私の言葉に特に何か探る様子もなく「リビング広いからね」と答えた。

 想像してた反応と違う。

 どうして三方原くんの部屋じゃなくてリビングでするのか、に対しての答えが欲しかったのに。反応からして三方原くんの頭の中に、部屋での勉強は選択肢にないって感じがする。

 三方原くんの部屋で勉強したい、なんて私から言ったら絶対変に思われる。距離を縮めるチャンスだと思ったのに。残念だけど今日は我慢しよう。

 私は三方原くんの向かいに座り、持ってきたプリントを出す。

 それからお互いに解いていない問題を教え合う。三方原くんの教え方は上手くて分かりやすかったけど、教えてくれる時は隣に来るからドキドキして問題を解いてるどころじゃなかった。

 顔が熱い。きっと真っ赤になってるに違いない。

 心臓の音、聞こえちゃってるかな? 赤くなった顔、見られちゃったかな?

 そんなことで頭の中がいっぱいだったけど、お互いにやり残していた課題が少なかったおかげで一時間程度で終わった。それからは三方原くんが出してくれたお菓子を食べながら何気ない話をした。

 三十分は話していただろうか。ふと疑問に思ったことを口に出す。


「三方原くん……お父さんとかお母さんっていないの? 確か昨日話してた時は家にいるって言ってたように思うけど」


 三方原くんの家に上がってから、一度も三方原くんの両親の顔を見ていない。


「いるよ。寝室でまったりしてると思うけど、呼ぼうか?」


「ううん、そういう訳じゃなくて……少し気になっただけだから」


 寝室……そっか。どこにあるんだろ……家の間取りとか知りたいな……

 会話が途切れたタイミングで私は「あの、お手洗い借りたいんだけど……」と伝える。


「廊下の突き当たりを右に曲がった一番奥にあるよ。分からなければ呼んでくれればすぐ行くから」


「ありがとう」


 お礼を言ってリビングを出た私は、静かに階段を上った。

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