第6話 夏休みと散歩(後半)

「あのっ、三方原くんっ!」


 勇気を出して会話をしようと口を開いたが、想像以上に大きな声が出て私は口元を両手で押さえた。

 そんな私のことを、三方原くんは不快な顔ひとつせず「どうかしたの?」と優しい表情を向けてきた。


「あ、あの……三方原くん……夏休みの課題終わった……?」


 今聞くつもりじゃなかったのに。他にもっと言いたいことがあったのに、何故かその言葉が口に出てしまった。


「九割方終わったって感じだけど、桜庭さんは夏休みの課題どんな感じ?」


「私もそんな感じ」


 同じ状況なら、と私は一呼吸置いてから、さっき以上に勇気を出して口を開く。


「あの、三方原くんが嫌じゃなければ……明日、一緒に勉強したい……ふ、二人きりで」


 恥ずかしさで、声が小さくなっていく。最後の方は呟くくらいの声量になっていたかもしれない。


「そうだね、分からないとこ教え合えるし他にも何人か呼ぼっか」


 考える素振りも見せず三方原くんは即答した。

 やっぱり最後の一言は聞こえてなかったんだ、と安心すると同時にもう一度言わなきゃいけないのか、と恥ずかしさが込み上げる。


「大人数苦手だから……二人で勉強したい……」


 半分本気で思ってることを言うと、三方原くんは「ああ、そっか。そうだね」と納得したような笑みを浮かべた。


「確かに桜庭さんは大人数苦手そうだもんね。でも二人きりで、か……」


「だめ……?」


「いや、駄目ってわけじゃないけど、あまり良くないというか……」


 歯切れ悪くそう答えたあと、三方原くんは「桜庭さんには申し訳ないんだけど一人誘っていい?」と聞いてきた。


「……誰?」


「鈴谷さんなんだけどいいかな?」


 鈴谷さん。昨日公園で三方原くんと楽しそうに話していた相手だ。

 どうして鈴谷さんを誘うのか。聞きたかったけどやめた。

 その理由を三方原くんの口から聞くには、まだ心の準備ができてない。

 でも三方原くんの口から真実を聞きたい。だから、明日聞こう。


「うん。そ、そのかわり……ってわけじゃないけど……三方原くんちで勉強したい……」


「んー、うちか。まあ、明日ならうちに親もいるし大丈夫か。……あ、桜庭さん今スマホ持ってる?」


 どうしていきなりスマホの話に? と思いながらも私は頷く。


「チャットってやってる?」


「い、一応……」


「なら友達申請したいんだけどいい?」


 私は一度頷くと足を止め、ポケットからスマホを出してチャットを開いた。それから三方原くんと友達登録する。

 とりあえずインストールしてるだけのチャットアプリの最初の友達。

 嬉しくて顔がニヤける。顔を逸らしてたから三方原くんは気付いてないだろうけど。


「明日のこと、何時にどこで待ち合わせするか連絡取るために必要だからとりあえずグループ作るね」


「ありがとう」


 スマホを見ると、既にグループに招待されていた。たった三人だけの、時間と待ち合わせ場所を決めるためだけのグループ。

 私はすぐにそのグループに入る。鈴谷さんも招待されてるけどまだ入ってきていない。

 私はスマホをポケットにしまってから歩き出した。

 三方原くんとの散歩、もといデートは公園のベンチで談笑するだけで終わった。日が沈む時間まで、図書室で話していた時のような他愛もない会話をしていた。

 私にはそれが大切な時間で、別れるのが惜しかった。そして、明日が待ち遠しかった。

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